未来予測

 理論の妥当性は、それが予測に役立つかどうかで決まる。どれだけ精緻な議論であっても予測を外しまくるようでは意味がない。同時に、その理論を使えば誰でも予測できるようでなければやはり意味はない。ニュートン以外に使いこなせない運動方程式なんてものがあったとしたら、それを教科書で教えても無駄だろう。
 歴史を対象とした理論なら、過去にどれほど的中していたかを経験的に調べる一方、今後の予想を行ってそれがどれほど当たるかを見る必要がある。Turchinの議論は過去については色々と調べているものの、こちら"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/56026793.html"でも指摘したように必ずしも的中しているように見えない事例もある。その部分は弱点と言えるだろう。
 予測への活用という点はどうだろうか。今回出版したAges of Discord"http://peterturchin.com/ages-of-discord/"は、2010年に今後10年を予測してくれと言われて書いた文章をより詳細にまとめたものと言える"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/55991445.html"が、一応この2010年の予想は今までのところは大雑把に的中している。
 それより分かりやすく的中させたのが、2005年に出版された本の中で中東の先行きについて言及したものだろう"http://peterturchin.com/blog/2016/03/23/the-new-caliphate-what-should-be-done-about-the-islamic-state-part-ii/"。曰く「[イラク戦争とその後の占領など]西洋による介入は、最終的におそらく新たな神政主義的カリフ制という形の反作用を生み出すだろう」"https://www.amazon.com/dp/0452288193"。
 2003年のイラク戦争後、連合国によるイラク占領は長く続いた。最後の米兵が撤収したのは2011年だ。wikipediaでは撤退までを含めた期間全体をイラク戦争と定義しており"https://en.wikipedia.org/wiki/Iraq_War"、かなり長期にわたる介入が続いた様子が窺える。Turchinが本の中で将来予想をしたのは、まだまだ占領が始まって間もない時期である。ISISの前身であるISIの指導者にバグダディが就いたのは2010年"https://ja.wikipedia.org/wiki/ISIL"。イラク占領の末期だ。
 TurchinがまるでISISの登場を見通していたかのような予測ができたのは"metaethnic frontiers"の理論を使ったからだという"http://peterturchin.com/blog/2016/03/28/the-new-caliphate-part-iv-three-strategies-that-the-west-can-follow/"。連合軍によるイラクの占領が、様々なエスニシティの境界をこの地域に作り上げた。それがより強固な政治体制を生み出す母体になったというわけだ。
 様々な価値観の衝突する辺境ではアサビーヤが成長するという理論はこちら"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/55668651.html"で紹介済み。その理論を応用して予測をした、というのがTurchinの説明だ。本当にそうなのかは分からないが、それでもISISのような存在を予測したことは否定できない。逆にいえば、この予想を当てたからこそ、米国の将来についての予想もしてみようと思ったのかもしれない。
 Turchinの理論がどこまで妥当であるかは、こうした予測を繰り返して調べるしかない。まずはAges of Discordでの予想、そしてまたISISの将来についてのこちら"http://peterturchin.com/blog/2016/03/31/the-new-caliphate-part-v-the-third-option/"などの予想、それらがどこまで的中するかをチェックする。さらにそれ以外に予想できるものがあれば予想し、その結果を見る。

 例えば日本の今後だ。産業社会では単純に人口の増減を見ても仕方ない。むしろ実質賃金の推移をみるべきだろう。毎月勤労統計の年平均実質賃金指数"http://www.e-stat.go.jp/SG1/estat/List.do?lid=000001142981"を見ると、残業などを含まない決まって支給する金額のピークは2000年(5人以上の事業所対象)。その後は2014年まで基本的に右肩下がりの傾向が続いている。
 永年サイクルの説によれば実質賃金の低下はスタグフレーション期間に起きるものだ("http://press.princeton.edu/chapters/s8904.pdf" p33)。つまり今は大衆の困窮化が進んでいる時期だと思われる。こちら"http://www.wid.world/"のデータベースでも、2010年のボトム90%の平均収入(キャピタルゲイン除く)は146万円と1972年の水準まで低下している。1992年には220万円まで上昇したのだが、その後で厳しい状況が訪れているのが分かる。
 一方、同じデータからエリートの過剰生産も起きている様子が分かる。トップ5~10%の2010年の収入は656万円。これは1971年当時のトップ1~5%の年収(646万円)とほとんど変わらない。上位陣の年収はボトム90%と異なり、45年前よりも高い水準を維持しているのだ。また大学進学率も1972年には2割程度だったのが、最近はほぼ5割に到達している"http://www.mukogawa-u.ac.jp/~kyoken/data/13.pdf"。この2つの傾向に政府の財政悪化を加えれば、現在の日本は米国と同じく危機が次第に近づいている時期だと考えられる。
 では危機はいつ来るのか。農業社会であれば人口減のタイミングは危機到来の1つのメルクマールである。だが日本は既に2008年をピークに人口減が進んでいる"http://www.stat.go.jp/info/today/052.htm"。労働人口はそれよりも前から減り始めているのにいまだに実質賃金が低迷しているのは、グローバル化などの要因が働いているためだろう。人口で見るよりも、やはり実質賃金の推移で危機に入るタイミングを調べる方がいいように思える。
 足元の状況を見る限り、実質賃金の低下にはようやく歯止めがかかりつつあるように見える"http://www.mhlw.go.jp/toukei/itiran/roudou/monthly/28/2808p/dl/pdf2808p.pdf"。少なくとも2015年にはそれまでより低下ペースが衰え、2016年に入ってからは僅かながら上向く動きが見えてきた。このトレンドが短期間(数年)で終わってしまえばそれまでだが、もっと長いこと続くようなら、いよいよ危機のフェイズが来たと見ることもできる。
 危機の到来を予想させる出来事は他にもある。一例はアパート空室率の急増"http://toyokeizai.net/articles/-/127463"だ。グラフを見てもわかるが、足元で急激に空室率が増えている。理由は賃貸アパート自体が急増しているから。基本的には相続税の増税をきっかけとした動きなのだが、レントが減少していく流れはまさに危機フェイズに特徴的だと言える。人口が減るのにアパート供給を増やしてもいいことはない。資産を持つ人間にとって不利な状況が訪れつつあるのかもしれないのだ。
 今後はどうなるのか。総人口や、特に労働力人口が減る"http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/newest04/gh2401.pdf"のはもはや避けられない。人口だけでは予測できないとはいえ、これが実質賃金の上昇圧力につながることは否定できないだろう。もちろん女性や高齢者の登用、グローバル化による労働の海外移転といった方法で労働需給の緩和を図る取り組みも続くだろうが、それで人口減分を完全に埋め合わせられると期待するのは虫が良すぎるだろう。
 危機の訪れがあるとして、それが欧米のような物理的紛争につながるかどうかは分からない。日本の場合、例えば江戸時代に人口増が止まった後に行われたのは改革の取り組みであり、エリート間の過当競争ではなかった。考えてみれば日本では20世紀末から何度も改革の掛け声が上がっており、既にその時から危機モードに入っていたのかもしれない。ただはっきりしているのは、これから資産を持つのは相対的に有利とは言えなくなる可能性があること。むしろ次に来るのは労働者の楽園かもしれない。そうであるなら、今こそ子供を作るべきときだ。

 日本以外に目を向けるなら、北東アジアはどこもこれから人口減の時代に入る"https://esa.un.org/unpd/wpp/"。韓国や中国のようにこれまで高い成長を達成してきた国においては、その成長の果実をもとにエリート入りした人間が増えている可能性があるので、これからは日本同様に危機の時代が訪れるかもしれない。ただ一方で、韓国は日本同様にエリートを間引きするのがうまい"https://www.reddit.com/r/collapse/comments/4ki5u4/reputing_peter_turchins_argument_that_too_many/"との説もある。危機になるとしても、その様態は国ごとに違ってくる可能性がある。
 というか、米国や欧州も含めてこれからは世界的に危機のフェイズに入ってくるのかもしれない。たとえばISISの志願者には高学歴が多いという"http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20161006-00000016-jij_afp-int"。彼ら、中東や北アフリカ、南アジア、東アジア出身の高学歴な連中がこういう反体制的な活動に従事しているということは、そうした地域でも過剰生産の結果として望む地位を手に入れられなかったエリートワナビーが増えている可能性があるのだ。
 もちろんもっと詳細に調べなければ詳しいことは言えないが、もしかしたら21世紀初頭は世界的にとても不穏な時代になるかもしれない。そうならないことを祈っているけど。
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