東南アジアと世界と

 Peter Turchinと言えばユーラシアとアフリカの歴史について再現するシミュレートを行っていたことも紹介した"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/55677354.html"。そこでの結論は軍事技術、特に馬匹を使った武装が国家の形成に大きな影響を与えていたというもの。具体的にはウマの家畜化が行われたユーラシアのステップ地帯を中心に時間とともに先進的な軍事技術を持つ地域が周辺へと広がるという前提を置いてシミュレートが行われた。それによって実際の帝国形成と相関係数の高いシミュレートができたという。
 ステップ地帯を中心に馬匹の影響を重視するという点で、Turchinの議論がKenneth ChaseのFirearms"http://www.cambridge.org/us/academic/subjects/history/regional-history-1500/firearms-global-history-1700"に似ていることも指摘した。実はTurchinもblogの中でChaseについて言及している"http://peterturchin.com/blog/2016/05/12/why-did-europe-conquer-the-world/"事例があり、そのアイデアを参照している。
 そして同じエントリーで言及しているもう1人の学者がVictor Lieberman"https://en.wikipedia.org/wiki/Victor_Lieberman"だ。東南アジア、より具体的にはビルマ史の専門家であるLiebermanだが、地域の歴史をより広範囲のグローバルヒストリーに結び付ける試みも積極的に行っている。その成果がStrange Parallels"http://www.cambridge.org/ua/academic/subjects/history/south-east-asian-history/strange-parallels-southeast-asia-global-context-c8001830-volume-1"、特にそのVolume 2"http://www.cambridge.org/us/academic/subjects/history/south-east-asian-history/strange-parallels-southeast-asia-global-context-c8001830-volume-2"の方だ。
 Liebermanの本に関するレビューはこちら"http://www.h-net.org/reviews/showrev.php?id=31069"やこちら"http://escholarship.org/uc/item/8v75n1t9"などを参照してほしい。Andradeもこちら"http://ahr.oxfordjournals.org/content/117/4/1173.full"にレビューを書いている。もちろんアマゾンにもレビューはある……たった4つだが"https://www.amazon.com/dp/0521530369"。
 そうした一連のレビューの中でも、特に力が入っているのがTurchinの書いたもの"http://jwsr.pitt.edu/ojs/index.php/jwsr/article/view/405"。アブストラクトのついたレビューなんてそうそう見かけない。全体で15ページに及ぶレビューでは、Liebermanの本に関する紹介や簡単な感想だけにとどまらず、個別具体的な疑問点、Liebermanによるグローバルヒストリーの試みを今後どう進めていくべきかなど、内容が満載となっている。よほど琴線に触れたのだろう。

 Liebermanの議論は西暦800年から1830年までの約1000年について、東南アジアの3地域(ビルマ、シャム、ベトナム)を西欧のフランス、東欧のロシア、極東の日本、中国とインド、そして東南アジアの島嶼部と比較している。重要なのはそれぞれがかなり似通った動きを示していること。Turchinのまとめによれば、領土的統合(独立した政治体制の数の減少)、より効率的な国家運営を可能とする中央集権化、そして言語や宗教を通じた文化的統合がいずれの地域でも進展した。もちろん一方的に統合だけが進んだのではなく、分裂や混乱も周期的に訪れている。ただ分裂期間は後になるほど短くなっている。
 興味深いのは、東南アジア大陸部と、そこから遠く離れたフランスやロシアで生じる周期的変化がいずれも似たようなタイミングで起きていることだ。1250年頃までは経済成長が続くがそれから200年ほどは混乱期に入り、1450年から1560年にかけて再び統合が進む。距離的に遠く離れ、互いにほとんど接触もなかったと思われるこれらの地域が、どうしてこれほど似た動きを示しているのか。それがLiebermanの問題意識にあるようだ。
 背景に存在するのは、Andradeも指摘している「ユーラシアを通じた長期の基礎的な傾向は、より少ないがより中央集権的な政治単位へと向かっている」"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/55835915.html"という全般的な傾向だろう。Turchinの言う「永年サイクル」による周期的興亡を経ながら、生き残った国家は次第に強大化し、中央集権化し、巨大になっていく。おそらく馬匹を使った軍事力などがその流れをさらに強める。離れた地域で興亡のタイミングが一致するのは、偶然もあるだろうし、世界的な気候変動やパンデミックといった共通要因が働いた面もあるだろう。
 もう一つ、Liebermanの指摘に特徴的なのは、ユーラシアをexposed zoneとprotected rimlandsに分けたことだ。彼によれば東南アジアやフランス(西ヨーロッパ)、ロシア(北西ヨーロッパ)、日本(極東)はいずれもprotected rimlandsであり、中国やインドはexposed zoneなのだという。中国やインドが「晒されている」のは遊牧民の攻撃であり、ユーラシアでも辺境部の諸国はそうした侵入から「守られている」。この違いが各地域の政治体制の変化に影響を及ぼしているとの考えだ。
 Chaseの議論ではexposed zoneに相当するinner zoneと、protected rimlandsに相当するouter zoneで火器の発展に差が出たことを指摘している。だがLiebermanの議論はより広く、政治体制の興亡まで影響を見ている。外挿的な攪乱要因となる遊牧民から「守られた」地域では、より自律的な政治体制の成長が見られるのに対し、それに「晒された」地域では常に遊牧民エリートによる政治体制の存在が生じ得るために規則的な周期的変化とは異なる動きを見せる。Liebermanはそう考えているようだ。
 さらに興味深いことに、Liebermanは東南アジア島嶼部の歴史を踏まえ、大航海時代以降の欧州人を「海の遊牧民」的な存在と捉えているようだ。東南アジア大陸部よりさらに辺境に存在する島嶼部では、本来なら「守られた」地域として自立的な政治体制の確立がゆっくりと進んでいてもおかしくなかった。だが外洋航海が可能な帆船に火薬兵器を積み込んだ欧州人が1500年以降になって突如これらの地域に現れ、外挿的な攪乱要因として働いた。中国やインドが何度も遊牧民に支配されたように、沿岸部は欧州人に支配されるようになったというわけだ。

 Libermanの見解に対し、Turchinはいくつか疑問を呈している。まずTurchinはロシアをprotected rimlandsではなくexposed zoneだと見ている。確かに「タタールのくびき」を経験した彼らを「守られた」と解釈するのは難しいだろう。Liebermanの分析対象となっている期間以前になるとそもそも現ロシア中心部には農業が広まっておらず、むしろ最初から遊牧民のエリアのような存在だった。もちろんその後で農業地帯はロシア周辺に拡大したのだが、それでも彼らが遊牧民の住むエリアとの最前線に位置していたことは否定できない。
 Turchinは遊牧民とexposed zoneとの相互作用、またexposed zoneとprotected rimlandsとの相互作用にも注意すべきだとしている。遊牧民の攻撃が一方的にexposed zoneの政治体制を決めるとは限らない。むしろ農業地帯のexposed zoneに大帝国ができると、それに対抗するように遊牧民もまとまるといった流れは、歴史上何度も見られる。またexposed zoneであったローマ帝国に隣接するprotected rimlandにフランク王国が成立するといった現象も起きている。
 Turchinが得意とする馬匹に関する指摘もある。紀元前1千年紀の初期に遊牧民の間で乗馬して戦う騎兵が登場した後にexposed zoneで「枢軸時代」"https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9E%A2%E8%BB%B8%E6%99%82%E4%BB%A3"が到来したことを指摘。枢軸時代はステップ地帯における軍事革命の直接の結果ではないかとも指摘している。
 だがこうした批判を踏まえても、protected rimlandsの周期的変化に連動性が見られるという指摘は重要だろう。何が地域や政治体制独自のもので、何が共通に見られる特徴なのか。どのような変化が内在的要因に基づき、どれが外挿的に働くものなのか。そのあたりの分析が進み、そこから歴史に働く法則のようなものが浮かび上がってくれば、これはとても興味深い話だ。
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