エリート過剰と不幸な大衆

 以前紹介した"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/55668651.html"「国家興亡の方程式」の著者Peter Turchinが、6年前のNatureにこんな文章"http://peterturchin.com/PDF/Turchin_Nature_2010.pdf"を書いている。今後10年を予測するというテーマで、彼は「米国と西欧は不安定さが増す」と指摘。米国では実質賃金の停滞または下落と格差の拡大、高学歴な若者の過剰生産と公的負債の激増といった現象が起きており、それが50年おきに生じるサイクルと関連している。そのサイクルのピークが来るのが2020年であり、その時に向けて政治的な不安定さが増すというのが、彼の予測だ。
 その3年後、彼はより詳細な見通しをこちら"https://aeon.co/essays/history-tells-us-where-the-wealth-gap-leads"に記している。真ん中付近にあるグラフは1800~2000年の米国に関するもので、赤い「格差」グラフはトップの資産額が社会の中央値に当たる資産額の何倍かを基に象ったもの。青い「幸福」グラフは成長のうち賃金として労働者に払われた分、平均寿命と移民を除いた身長、そして初婚年齢といったデータを組み合わせたものだ"http://peterturchin.com/blog/2013/02/08/the-double-helix-of-inequality-and-well-being/"。
 この2つの数値は見事なまでに対照的な動きを見せている。「格差」が上向く時は「幸福」が低下し、逆に「幸福」が上向くときは「格差」が下向いている。20世紀初頭は格差が極度に広がった一方で人々の幸福はどん底にあった。しかし1920年頃からこの流れは逆転し、半世紀後の1970年頃までは格差を縮め幸福が増す時代が続いた。それが逆転した1970年から半世紀後が2020年。かつての「金ぴか時代」が再来しているというのがTurchinの指摘だ。

 なぜこのようなサイクルが発生するのか。アメリカでたまたまこうした流れが生じただけではなく、過去に中世や近代の英国、フランス、ロシア、及び古代ローマで同じようなサイクルが生じていたとTurchinは以前書いた書物"http://press.princeton.edu/titles/8904.html"で指摘している。「国家興亡の方程式」"http://www.d21.co.jp/shop/isbn9784799317563"で示した、およそ2~3世紀かけて一周する「永年サイクル」のことだろう。
 サイクルをもたらす要因の1つは労働人口。労働人口が増えてくると労働市場で供給が強まり、労働価格(つまり賃金)が下がる。そしてそれが逆流すると(中世英国の場合は黒死病などが原因となった)逆に労働の売り手市場が到来し、賃金は上がり大衆の「幸福」が増す。賃金が低い時期は穀物などカロリー密度の高い食事が中心だったのが、賃金が高くなると肉や野菜といった食事が増える現象が過去にも見られるらしい。
 労働賃金が低下すると、それだけ資本側の取り分が増すことになる。社会のエリート層の収入は増え、「格差」は拡大する。加えてエリート全体の収入が増えるためエリートになる人数も増大する。進取の気性に富んだ、熱心に働いた、あるいは単に運が良かった者が新たにエリートとなり、百万長者の数自体が増える。19世紀末の金ぴか時代も、現代の「第2の金ぴか時代」においても同じだ。だがこれはトラブルの原因となる。
 エリートのうち一定数は自らの権力や影響力を増そうと政治にかかわっていく。だがエリートの数が増えた分だけ権力の座も増えるわけではない。権力を欲する「ワナビー」が増えれば自動的に権力をめぐる争いは激しくなり、共和制ローマの末期にはそれが内乱につながった。また数が増えればエリート内でも格差が広がる。一例が米国のロースクール卒業生の初任給格差"http://peterturchin.com/blog/2013/11/10/bimodal-lawyers-how-extreme-competition-breeds-extreme-inequality/"。一部の高給取りと、多くの「奨学金ローンすら払えない」者たちとの両極に分かれるようになっている。
 こうした時代には競争や利己主義をよしとする文化も広まる。金ぴか時代には社会ダーウィニズムが流行した。現代においても利己主義を賞賛するアイン・ランドの思想が流行っている"https://en.wikipedia.org/wiki/Ayn_Rand"。そういう文化的な発想が広がれば、それが経済にも影響を及ぼす。Turchinは1970年を境に実質最低賃金が低下したことを指摘"http://peterturchin.com/blog/2013/04/11/non-market-forces/"し、文化的な変化がこのような流れを生み出した背景にあると分析している。

 だがこうした流れはやがてエリート間の紛争に伴う政治の不安定を生み出す。時にそれは英国のばら戦争やフランスのフロンドの乱のような内紛につながる。だがそうした政治の不安定が体制をひっくり返す恐れが出てくると、エリートたちは妥協に向かうこともある。1920年頃の米国はそうだった。ウエストバージニア炭鉱戦争と呼ばれる労働争議では、武装した鉱夫1万人と行政側を含めた3000人が5日間にわたって戦闘を繰り広げる事態に至った"https://en.wikipedia.org/wiki/Battle_of_Blair_Mountain"。南北戦争を除くと最も組織的な蜂起とされるこの紛争を経た後で、米国は金ぴか時代から舵を切る。
 政府はまず移民の受け入れを事実上停止。また経済界に圧力をかけて労働者の賃金上昇に力を注ぐよう要請した。大恐慌時代にもこの方針は堅持され、最終的にはニューディール連合という形でこの政治的な対応が組織化された。成長の果実を大衆に振り向ける一方で彼らが革命に向かうのを阻止し、政治的な協力関係と安定とを手に入れた。米国は大恐慌と第二次大戦、そしてソヴィエト相手の冷戦に対し、一丸となって対応することに成功する。
 20世紀の米国は成功した事例だが、失敗に終わった例もある。一つはもちろんフランス革命、またロシア革命もこの中に入れていいだろう。貴族たちは大衆との妥協を是とせず、結果として体制そのものの転覆を招いた。協力関係をもたらす対外的な脅威が消えると、こうした利己主義がはびこりやすい面もあるようだ。ソ連の停滞と最終的な崩壊は、米国内におけるエリートと大衆の協力関係を終わらせ、大衆の不幸とエリート間の競争激化をもたらしている。以上がTurchinの考えだ。
 ここにまとめた内容について彼はblogでより細かいフォローもしている。こちら"http://peterturchin.com/blog/2013/11/20/elite-overproduction-brings-disorder/"に関連エントリーがまとめられているので参考になるだろう。

 Turchinがこうした考えを発表した3年後、つまり今年、彼はこの議論をまとめた本を出版することにしたようだ"http://peterturchin.com/blog/2016/07/28/announcing-a-new-book/"。過去に「永年サイクル」についての本を書いた時には彼は歴史上の事例を分析していたが、この本では現代も含めた米国に話を絞っている模様。ネイチャーに文章を寄せて6年、「自分の陰鬱な予測がまさに予想通りに進展している」ことを受けて、改めて世に問うことにしたという。
 「予想通り」なのは、一つには共和党の候補者にトランプが選ばれるという現象がある。トランプは彼のいうエリート「ワナビー」であり"http://peterturchin.com/blog/2016/04/19/donald-trump-as-an-elite-aspirant/"、その過激な主張に同情する「不幸」な大衆が一方にいる"http://peterturchin.com/blog/2016/04/21/donald-trump-and-mass-mobilization-potential/"。Turchinの述べる「エリートの過剰生産と大衆の不幸化」という2つの問題が米国社会の深い構造部分で進んでいることを示しているというわけだ。
 Brexitも同じような背景から生じている"http://peterturchin.com/blog/2016/07/01/brexit-as-destructive-creation/"。Turchinは「過去1万年において社会的協調こそが成功のカギ」としているが、現在のEUや米国は協調サイクルが低下し分解する局面にある。エリートは自己利益のための政策に走り、大衆ではなく他のエリートとの比較にこだわる。加えてEUについては、もともとカール大帝の帝国に含まれていた地域から生まれたものを無理やり広げたため、過剰に拡張した状態にある。だからいっそ今のEUを解体し、新しいEUを「破壊的に創造」した方がいい、というのがTurchinの見解だ。
 これらの見解がどこまで正しいかは分からないが、将来を見るうえで一つ参考になる見方ではある。トランプのようなワナビーが大衆の不幸を利用して権力闘争を行い、最後には革命まで至るのか。それともどこかで大衆と妥協してエリートの税率を上げ、労働需要の減少を避けるためTPPを拒否するというサンダース的な政策によって現体制のまま安定と調和への道を探るのか。そう考えながら見ると今年の大統領選はさらに楽しめそうだ。
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