ではこれらの史料以外に、古い時期の火薬の存在を示す可能性がある史料は存在しないのだろうか。Chinese Text Project"
http://ctext.org/"を使い、全文検索できる史料を対象に火薬というキーワードで調べてみた。すると唐代に書かれたとされる史料の中に「火薬」という文字が書かれているものが3つ発見できた。
しかしこの3例については、火薬史に関する研究者たちの誰も触れていない。なぜか。おそらく文脈を見るだけでこれらの「火薬」が黒色火薬でないことが分かるからだと思う。
一番わかりやすいのは「題王山人」だろう。「竈前無火薬初成」という言葉は、普通に考えて「竈の前に火無く、薬初めて成る」と読むのが妥当。少なくとも「竈の前に火薬無く」よりはずっと意味が通る。この詩を黒色火薬の存在の証拠とみるのはさすがに拙い。
それよりは面倒なのが「桂苑叢談」。ここにある「以爐火薬術為事」は、「爐を以て火薬術を為す事」とも、あるいは「爐火を以て薬術を為す事」とも読める。前者なら火薬の存在を示す、と解釈することもできそうに見えるが、よく考えればやはりおかしい。なぜなら黒色火薬を作る際に炉は使わないからだ。炉の中に火薬の材料を放り込んだりすれば派手に爆燃して終わり。それでは意味がない。
丹薬づくりのため火にかけることが多かったのなら、「桂苑叢談」の表現もわかりやすくなる。こちらもまた「爐を以て」丹薬を作っていたのだろう。つまり、黒色火薬登場以前に、火薬という言葉が「火にかけて作られた丹薬」という意味を持っていた可能性が窺えるのだ。
以上から、唐代に見つかる「火薬」という言葉は、おそらく黒色火薬を示すものではないことが推測できる。明白に火薬の存在を示す史料の登場は10世紀前半というこれまでの推測と矛盾しない。やはり火薬の誕生は10世紀になってからではないかと、個人的にはそう思う。
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