1118年 サラゴサ

 欧州での古い火器の歴史を調べてくると、ちょくちょく見かけるのが「1118年にサラゴサで使われた」という記述だ。例えば大砲の歴史を記したこちらの本"https://books.google.co.jp/books?id=yYupSOK0BgIC"にも、「西欧での最初の火器の登場はおそらくムーア人による1118年のサラゴサでのもの」(p3)という文章が出てくる。
 だがこれまでも述べてきたように、専門家が西欧における最初の火器に関する記録と認めているのはそれより2世紀も後の14世紀前半のものだ(Milemete"https://en.wikipedia.org/wiki/Walter_de_Milemete"の本など)。1118年だと中国での火槍使用が確認される徳安守城録"http://ctext.org/library.pl?if=gb&res=80975"(77/85)の1132年よりも古くなってしまう。Needhamの努力を水の泡にしてしまうような主張である。

 いったい何を論拠に1118年という記録が出てきたのか。ヒントになるのは同じく砲兵について記したこちらの本"https://books.google.co.jp/books?id=nPg6AwAAQBAJ"だ。その中にある本から引用した「Condeによるとムーア人は1118年にサラゴサ相手に砲兵を使用した」という文言が紹介されている。引用元の本はObservations on the past and present State of Firearms"https://books.google.co.jp/books?id=KCZYAAAAcAAJ"。Waterloo Lectures"https://books.google.co.jp/books?id=gksBAAAAQAAJ"を書いたChesneyの著作である。
 Chesneyの本で該当部分を見ると、Condeが彼の著作である「スペインにおけるムーア人の歴史」の中でそう述べたという指摘がなされている。Condeとは18~19世紀のスペインの歴史家"https://es.wikipedia.org/wiki/Jos%C3%A9_Antonio_Conde"であり、「スペインにおけるアラブ人支配の歴史」は彼の代表作とされている。
 この本はアラブ語で書かれた歴史書に基づいたもので、どうやら彼の死後に出版されたようである。全3巻でgoogle booksでも閲覧は可能("https://books.google.co.jp/books?id=3rbacY8ke1cC"、"https://books.google.co.jp/books?id=-3LxYS8AUksC"及び"https://books.google.co.jp/books?id=WKYZ4cS95pkC")。そしてありがたいことに19世紀半ばには英訳も出版されている("https://books.google.co.jp/books?id=EDhpAAAAMAAJ"、"https://books.google.co.jp/books?id=kMxPAAAAYAAJ"及び"https://books.google.co.jp/books?id=nLlCAAAAYAAJ")。Chesneyが何を論拠に1118年のサラゴサを持ち出したのか、調べることが可能なのだ。
 で、早速Condeの本を読んでみるとおかしなことが分かる。1118年のサラゴサについて言及があるのは第2巻。それを読むとサラゴサを囲んだ人物の名はアベン=ラドミルとなっている(p208)のだが、このアベン=ラドミルは「キリスト教徒の王」(p206)なのだ。Chesneyは「ムーア人[つまりイスラム教徒]がサラゴサ相手に」火器を使ったと書いているが、Condeの本では逆にキリスト教徒がサラゴサを攻囲していることになる。
 どちらが史実に近いかというとCondeの方だ。キリスト教徒の王の名はアルフォンソ1世"https://es.wikipedia.org/wiki/Alfonso_I_de_Arag%C3%B3n"であってアベン=ラドミルではなかったが、攻撃側がキリスト教徒だったことは間違いない。つまりムーア人は防御側であり、そのムーア人が「サラゴサに対して」武器を使ったとしているChesneyの記述はおかしい。
 さらに肝心の火器に関する部分も怪しい。キリスト教徒は牛の引く攻城塔で城壁に接近し、「その上にtruenosと他の20の機械」(p209)を設置して攻撃している。truenoとは雷鳴のことだが、他に砲声などの轟音を意味する使い方もある"http://www.wordreference.com/es/en/translation.asp?spen=trueno"。どうやらこの一文こそが1118年サラゴサ火器使用説を生んだ原因のようだ。
 だがtruenoが後に砲声を意味するようになったからと言って、12世紀の時点でもtruenoイコール砲声と見なすのは証拠として不十分だろう。言葉というのは時代によって使い方が変わるものだ。一例が中国語の「砲」。現代ではそれこそ大砲の意味で使われている"https://zh.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E7%A0%B2"が、武経総要に乗っている図("http://ourartnet.com/Siku_03/0726/0726_032_009/pages/0359_jpg.htm"など)を見ればそれがかつては投石機(traction trebuchet"https://www.youtube.com/watch?v=Fh8tKeGE4tw")を意味していたことは明白である。
 それを裏付ける指摘の1つが、上に紹介したCondeの英訳本だ。当時の英訳者はtruenosの訳語としてcatapults"https://en.wikipedia.org/wiki/Catapult"という言葉を当てている。火薬以前から使われていた攻城兵器がこの時も使われていたという解釈だろう。この英訳本の出版は1854年。Chesney本(1852年)の直後であり、翻訳者がChesneyの見方に対して異論を唱えていることがわかる。1118年に火器が使われたという説に対しては昔から疑問が呈されていたわけだ。

 それにしても、そもそもConde自身がtruenoとしか書いていないものがいつから火器と解釈されるようになったのか。探した限りで最も古かったのは1825年に出版されたこちらの本"https://books.google.co.jp/books?id=mpJYAAAAMAAJ"が、Condeの本を紹介したうえで1118年のサラゴサが「最も古いtruenoまたは火薬の使用についての記録」(cxix)だと解釈している。1831年出版の本"https://books.google.co.jp/books?id=WTpkAAAAcAAJ"はさらに踏み込み、「火薬と大砲の使用例」(p16)とまで言っている。
 Chesneyが参照したのは後者の本だった可能性がある。というのもこの本では古い火薬の使用例として1157年のニエブラも取り上げている(p17)のだが、実際にニエブラで戦いがあったのはCondeによると100年後の1257年("https://books.google.co.jp/books?id=WKYZ4cS95pkC" p42)。元ネタとして使ったのが年号を100年間違えたスペイン語文献だったからこそ、Chesneyもニエブラの戦いを1157年と書いているのだろう(Chesney, p42)。
 ただし、これらの本はどれを取ってもサラゴサを攻撃したのがキリスト教徒で、守っていたのがイスラム教徒だった点については間違えていない。もしかしたらChesneyが参照したのは別のソースだったのかもしれないが、詳細は不明だ。例えばCondeの本については1825年に翻訳出版されたフランス語本"https://books.google.co.jp/books?id=yuEGAAAAQAAJ"もあったりするが、そこではtruenosの部分は翻訳せずに飛ばしている(p317)ので、これが元ネタということはないだろう。残念ながらこれ以上、追及するのは難しい。
 何が論拠だったにせよ、Chesneyの著作は後世に影響を色濃く残した。1861年出版の本("https://books.google.co.jp/books?id=rVEBAAAAQAAJ" p5)や1878年本("https://books.google.co.jp/books?id=b_KgAAAAMAAJ" p2)などいくつかの書物で紹介されたのみならず、挙句にEncyclopaedia Britannia"https://books.google.co.jp/books?id=Ur8sAQAAMAAJ"にまで「Condeによれば彼ら[ムーア人]はサラゴサに対して1118年に砲兵を使った」(p655)という一文が掲載されるに至った。Conde自身はそんなこと一言も言っていないのに。
 20世紀に入ってPartington"https://books.google.co.jp/books?id=fNZBSqd2cToC"やNeedham"https://books.google.co.jp/books?id=hNcZJ35dIyUC"といった専門家たちがより信頼度の高い研究成果をまとめたにもかかわらず、Chesneyの間違った説はなおもしぶとく生き残っている。一度広まったミームはそう簡単に消え失せはしないようだ。
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