硫黄

 黒色火薬は硝石、木炭、硫黄の3種を混合して製造する。このうち硝石については火薬の中に占める量が多い(全体の75%)ことや、製造過程が複雑なこともあり、今までも紹介してきたように様々な研究がなされている。だが木炭や硫黄については硝石ほど詳細に説明しているものは多くない。硝石に比べて使用量が少なく、また入手が比較的簡単だったのが理由だろう。
 たとえば木炭だが、もちろん乾燥地帯では木灰同様に入手が難しかった可能性はあるものの、そうでなければ手に入れるのは比較的容易だっただろう。むしろ注目されるのはどの種の木を使った木炭が火薬にふさわしいかだ。1856年版のEncyclopedia Britannica"https://books.google.co.jp/books?id=Gjw6AQAAMAAJ"では、望ましい材料は「柔らかい木」であり、具体的にはヤナギ、ハンノキ、ミズキといったところが挙げられている(p153-154)。
 そして硫黄。現代の日本では石油精製の際に回収する量だけで国内需要の3倍以上にも達する"http://www.ryusan-kyokai.org/data/pdf/S27-1.pdf"のが実情であり、もはや自然に採取することはないようだ。ただし昔は今のように大がかりな石油精製が行われていたわけではなく、他の手段によって硫黄が生産されていた。具体的には火山周辺で手に入る自然硫黄を採取するという方法だ。火山さえあればこれまた容易に入手できる。シチリア島などでは極めて大雑把な生産方法でも十分な量が手に入ったという話もある"http://www.ne.jp/asahi/lapis/fluorite/gallery4/282sulfur.html"。
 だが、硫黄については一つ入手に問題があった。つまり火山のないところ、プレートの境目から離れたところでは、実はそう簡単に入手できない。火薬の発明と軍事利用に伴う使用量の増加は、硫黄についてもいかに入手するかという問題を引き起こしていた、との説がある。

 最初に火薬を本格的に軍事利用したのが北宋であることはこれまでも述べてきた。そしてその事実は日本にも影響を及ぼしていたらしい。「硫黄から見た日本史と世界史」"https://www.teikokushoin.co.jp/journals/history_world/pdf/201110/05_hswhbl_2011_10_p05.pdf"という資料では「10世紀末から13世紀後半にかけての日宋貿易を通じて、日本から中国に硫黄が輸出されていた」との指摘がある。火薬の使用が増える一方で「自然硫黄を算出する火山が[宋の]領域内にほとんど分布しない」ために生じた現象だそうだ。
 この時、国内で主要な硫黄産地となったのが薩摩硫黄島"http://mishimamura.com/tourism/394/"。平家物語に描かれる「鬼界ヶ島」だと言われる島だが、その平家物語にも「島の中にはたかき山あり。とこしなへに火燃、硫黄と云物満みてり。かるが故にこそ硫黄が島とは名付けたれ」("http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1021085" 68/169)と書かれている。
 この話をもっと詳細に紹介しているのが「日本史とアジア史の一接点」"http://publications.nichibun.ac.jp/region/d/NSH/series/symp/2012-03-23/s001/s026/pdf/article.pdf"。そこではまず700~1200年頃の日中朝史料を調べて日本から中国への硫黄輸出に関する記録を取り上げている。見つけたのは7例。時期は988年から1145年までで、確かに北宋成立(960年)以降の話であり、火薬武器の使用に伴う需要の急増が背景にあったと推定される。
 実際、1084年には北宋政府が約300トンに及ぶ日本産硫黄の大量買い付けを決定し、翌1085年に大宰府に多くの商人が訪れたことが記録されているという。さらには買い付け直前に西夏軍との戦闘に備えた火薬兵器の大量配備計画も言及されているそうで、大陸での戦争が日本産硫黄購入につながっていた可能性が窺えるそうだ。こうした需要に対応して日本側では薩摩硫黄島と九州本土の間で硫黄を含めた物流ルートが出来上がっていたそうで、平家物語の俊寛も「山にのぼつて、硫黄といふ物をほり、九国[九州]よりかよふ商人にあひ、食物にかへ」(89/169)という生活を送っていたという。
 さらに宋による硫黄貿易の対象は日本だけではなかったようだ。むしろ主力はインドネシアのジャワ島だったそうで、中国側の記録にもジャワの物産の一つとして硫黄が挙げられている。他に限られた量だが朝鮮半島や中央アジア、さらには遠く西アジアから海の道を通って仕入れていた硫黄もあったらしい。現代の資本主義が生まれる遥か以前から、需要あるところに供給あり、必要なら万里の波頭を超えてでも物資が流通するという経済原則がしっかり働いていたことが分かる。
 欧州でも硫黄の生産地が限定されており、それが物流によって必要とされる地域に運ばれていた点は同じだ。欧州で有名な産地はシチリア島の他にアイスランドもあったそうだが、例えばフランス革命戦争期にはこの物流に乱れが生じている。フランスとスペインが攻守同盟を結んだ1796年以後、しばらく英国艦隊が地中海を撤収する事態に見舞われたことがあるが、その際に英国の硫黄輸入量が大きく減少しているのだ("https://dspace.lboro.ac.uk/dspace-jspui/bitstream/2134/16965/1/Cole_GHI.pdf" p297)。

 そもそも硫黄はなぜ火薬に必要なのか。火薬の構成物質のうち木炭は可燃物であり、硝石は燃焼に必要な酸素を供給する酸化物だ。そして硫黄もまた可燃物である。だから木炭と硫黄を並べて「可燃物」として説明を済ませている事例も珍しくない"https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E8%89%B2%E7%81%AB%E8%96%AC"。でもそれなら木炭だけで済ませてしまわない理由が分からない。
 もう少し丁寧に説明している文章を見ると、硫黄の役割は着火温度を下げることにあると書かれている"http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q14146995674"。こちら"https://books.google.co.jp/books?id=6ggHAAAAQAAJ"によると硫黄は「比較的低温の華氏239度[摂氏115度]で溶け、約560度[293度]で発火する」とある。一方、木炭の発火は華氏716度(摂氏380度)"https://en.wikipedia.org/wiki/Charcoal"。確かに硫黄の方が低温で着火することになる。
 Needhamによれば硫黄のおかげで火薬の発火温度は250度まで低下する("https://books.google.co.jp/books?id=hNcZJ35dIyUC" p111)ことになるらしいが、硫黄の着火温度よりも低いこの数字がどこから出てきたかは不明。あるいはこの数値は「ここまで行けば後は自動的に発火プロセスが進む」必要最低限の数字なのかもしれない。
 着火温度の低さに加え、硫黄が比較的低温で「溶ける」ことが重要だとの指摘もある。こちら"http://chemistry.stackexchange.com/questions/15366/why-is-there-sulfur-in-black-powder-gun-powder"によれば木炭と硝石はいずれも固体であり、木炭はほぼ溶けない。硝酸カリウムも溶けにくく、また酸化剤としては弱いためこの両者だけだとなかなか酸化(つまり燃焼)が進まない。一方で硫黄は低温で簡単に溶け、固体である硝酸カリウムとも容易に反応する。そしてこの両者の反応に木炭が追随するという流れだ。
 18世紀に書かれたこちらの本"https://books.google.co.jp/books?id=S1lFAAAAcAAJ"では、スプーンに入れた火薬をロウソクで温めた際の反応が記されている。「スプーンが十分に熱くなるや否や硫黄が溶け、青い炎が見え、そしてすぐに火薬が発火する」(p289)というのがその反応の細かい流れだ。上に紹介されている機序と基本的には同じであり、火薬における硫黄の役割もそこから推測できる。

 最近よくある「異世界もの」フィクションでも、火薬を作る話が珍しくなくなってきたようだ。某漂流者漫画が代表例だが、有名なネット小説サイトでも「火薬」で検索をかけると50件以上の作品が引っかかってくる。しかしその際に取り上げられるのは硝石の入手法が多く、前"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/55871177.html"に指摘した「硝石は手に入るが木灰がないため硝酸カリウムが作れない」とか、今回述べたネタに関連する「実は硫黄の方が希少物資だった」といった話はまだほとんどないようだ。
 現実の歴史で人々が苦労したのは硝石の入手だったから、それを参考にすれば硝石丘作りに話が集中するのはやむを得ない面もある。でもどうせフィクションなんだからもっと別の切り口で描いてもいいんじゃないだろうか。その世界に1つしかない火山を巡って争いが繰り広げられるとか、木灰がないため質の悪い火薬しか入手できずもくろんでいた「異世界チート」ができなくなるとか、そもそも硫黄という元素がない世界だとか、いくらでも面白そうな設定は作れると思うんだが。
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