Football Outsidersが、1994-99年にドラフトされた選手たちについてまとめた記事を載せている。
サラリーキャップが導入され、ドラフトの指名が7巡になった年から、全ての選手が引退している1999年ドラフト組までについて、基本的な数値を取りまとめたものだ。98年ドラフト組のPeyton Manning、Charles Woodson、Matt Hasselbeckの3人が引退したことによって、この6年間にドラフトされた全選手がそのキャリアを終えたそうで、ドラフトの効果全体を推し量れるようになったという。
内容についてはそれぞれの記事を読んでもらえばいいが、それよりも興味深かったのが2回目の記事に掲載されていた1995年のCleveland Brownsのドラフトに関する記述だ。この年の彼らのドラフトは残念極まりない結果となったのだが、Brownsのフロント関係者を見ると驚きの面々が顔を並べている。
彼らがBrowns、及び移転後のBaltimore Ravensにいた時期を見ると、Belichickは91-95、Lombardiは87-95、Newsomeは78年以降ずっと(フロント入りは91年以降)、Savageは91-2004、そしてPioliは92-96となる。ほとんどのメンバーはBelichickがHCを務めていた91-95に一緒に働いていた(Pioliのみ92年参加)わけで、Belichick時代のBrownsは少なくともフロントは人材の宝庫だったわけだ。
だがこの人材豊富なフロントがうまくやっていたかというと、必ずしもそうとは言えない。この5年間にClevelandが指名したドラフト選手は41人。彼らの出場試合数は合計で1759試合、1人平均だと42.9試合になる。1994-99までの全体平均は64.9試合。92年以前は12巡までドラフト指名権があったので平均出場試合数はもっと少ない可能性はあっただろうが、それでもこの時期のClevelandほど低い数字にはなるまい。つまり彼らのドラフトは全体的に見ても失敗だったのだ。
以前、こちら"
http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/52821041.html"で書いたモデルのように、NY/A diffがチームの「素の実力」だと考えるなら、この時期のClevelandはドラフトの失敗にもかかわらずいい選手が集まっていたことになる。90年以前にドラフトされた選手や、TestaverdeのようなFAたちのおかげだろう。でもこのチームのコーチ陣(もっと言うならBelichick)はその素材を生かせず、勝ち越すことすらできなかったという結論になる。
91-95年のCleveland Brownsを見ると、HCやGMの評価がいかに難しいかということが改めて実感される。もしこの5年だけで彼らのプロチームでのキャリアが終わっていれば、BelichickもNewsomeも今では忘れられた存在になっていただろう。だがNewsomeらは翌96年のドラフトでRay LewisとJohnathan Ogdenというジャックポットを的中させ、Belichickは2度目のチャンスとなったNew Englandで栄光をつかんだ。今ではどちらもその能力を疑う人はいない。
そしてまた、実績的にはまだ不十分だった彼らを雇っていたArt Modellってのは、実はかなり優秀なオーナーだったとも解釈できる。毀誉褒貶は激しい人物だけれども。
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