階級と方便

 こちら"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/46030964.html"のエントリーにいただいたコメントに関連し、colonel en secondについて少し調べてみた。この本"https://books.google.co.jp/books?id=1PGZBgAAQBAJ"のp125に給与の違いが記されており、full colonelより安い給与を与えられているのがcolonel en secondとなっている。
 もしかしたらナポレオンの時代にはそういう位置づけがなされていたのかもしれない。colonel en secondだけでなくmajor en secondも同様にfull majorより給与が安い。だがこのen secondという仕組みが採用された当初は、単なる給与の違いだけではなかったようだ。
 そのあたりを説明しているのがこの本"https://books.google.co.jp/books?id=1tnrp2OBXUYC"。同書のp35-36に書かれているのだが、そもそもcolonel en secondは王政時代につくられた階級であり、フランスの階級制度と軍隊という組織の機能をうまく調和させることがその狙いだったという。
 こちらの本"https://books.google.co.jp/books?id=Blsz8qMNLtUC"にも指摘されているのだが、王政期のフランスでは軍の士官に2種類の貴族が就任していた。一つは軍というのを自らの仕事にしている「二流の貴族」たち。彼らは実務を担っており、軍の中核的存在であったが、フランスの社会階級上の問題からトップになることはできなかった。
 軍の上層部、具体的には大佐以上は大貴族たちの独占物であった。しかし大貴族と言えども何の経験もなしに大佐になることはできない。彼らがある程度の経験を積んだうえで大佐になるための昇進ルートが必要とされていた。そのためにつくられたのが、なんとか en secondという階級だそうだ。
 彼らは年に4ヶ月のみの軍務に就き、最小限の給与をもらいながら、昇進だけはものすごいスピードで進めて大佐になる。ただし単に財産があるというだけの理由でこのルートに入った者はmajor en secondまでで昇進ストップ。門地や父親の地位といったものがなければcolonel en second以上にはなれなかったという。大貴族の大貴族による大貴族のための制度だ。
 そのルートはsecond lieutenantから始まり、captain en second、major en second、colonel en secondを経てcolonelへと至る。そしてなんとか en secondは基本functionless ranksだったそうだ。組織運営の機能は一般的な階級の士官たちが担っており、彼らは先任順にゆっくりとsecond lieutenantからlieutenant、captain、major、lieutenant-colonelへと昇進していく。大貴族たちの昇進ルートを確保しつつ、なおかつ組織運営能力のないものを軍の重要なポジションから排除するため編み出された裏技がこの仕組みだった。
 こちら"https://books.google.co.jp/books?id=4XZEAAAAcAAJ"のp132-133には1776年3月25日の命令によってcolonel en secondという階級が設立されたことが指摘されている。この命令では「最も名高い生まれのものを除いて」指揮官である大佐Colonel-commandantの階級に到達できないと記されており、さらにcolonel en secondは「優れた若者のための地位」であり、そこで経験を積むことを目的としていると書いてある。
 この、いわば旧制度の方便としてつくられた階級が、革命後も生き残った理由は分からない。官僚組織ってのは、いつの時代もどんな場所でも「前例踏襲」が大好きだ、と考えればいいのだろうか。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

トラックバック