ランヌの台詞その2

 今月号のナポレオン漫画ではランヌが梯子をつかんでレーゲンスブルクの城壁に向かおうとする場面があった。曰く「俺が元帥である前に、どれだけ優秀な選抜歩兵か見せてやる!」なんだが、これは例えばランヌの伝記"https://books.google.co.jp/books?id=vAOhVmWJONMC"でも使われている。
 城壁を攻撃すべく志願者を集めて突撃をしたが2回失敗。3回目の志願者を募っても誰も答えなかったのを見て、ランヌは「よかろう、元帥になる前に俺が擲弾兵だったこと、そして今もそうであることをお前らに見せてやる」と叫んだ。そして梯子をつかみ城壁の破口へ向かおうとした。
 慌てて彼を止めたのは副官たち。そのうちの1人は「副官が全員戦死する前にあなたがわずかでもケガを負えば、それは我々にとっての不名誉です」と言ったそうだ(p290-291)。漫画の中にある「我々に赤っ恥をかかせる気ですか」「ちゃんとやるから引っ込んでて下さい!」の部分である。あのシーンがきちんとソースに基づいていることが分かる。
 問題は二次史料であるこの伝記が正確なのか否か。そこでマルボの回想録を調べてみる。というのもこの時期、マルボはランヌの副官を務めていたからだ。実際にMémoires du général Bon de Marbot, II"https://books.google.co.jp/books?id=bj9AAAAAIAAJ"を探すと、ほぼ伝記そのままの文章が見つかる(p133-134)。少なくともこの伝記がソースに当たって記していることは確認できた。
 しかしこれで十分ではない。なにせソースがマルボである。本当にあったことをそのまま書いたという保証はどこにもない。おまけにこの回想録、出版されたのが1891年とランヌが死んだ80年以上も後の本だ。この本をもって大丈夫と結論づけるのはあまりに軽率だろう。もっと他に史料がないか探してみる。
 ヒントになったのはRocquancourtの書いたCours élémentaire d'art et d'histoire militaires, Tome Troisième."https://books.google.co.jp/books?id=EqUAW1bZ6_IC"だ。同書p333の脚注にランヌに関するこの逸話が紹介されており、そしてありがたいことに引用元がきちんと記されているのだ。つまりペレ将軍のMémoires sur la guerre de 1809, en Allemagneという書物の名が。
 同書"https://books.google.co.jp/books?id=vak7AAAAMAAJ"を見ると確かにランヌの話が載っている。曰く「性急なランヌは彼らに叫んだ。『お前らの元帥がまだ擲弾兵であることをお前らに見せてやる』」(p107)。彼と副官たちの言い争いを見て兵たちは梯子をつかんで突進。ラベドワイエールとマルボを先頭に、擲弾兵たちが後に続いて彼らは城壁によじ登ったという。
 この本の著者ペレはこちらの辞典"https://books.google.co.jp/books?id=S845AAAAcAAJ"によると1779年生まれ。この時期はマセナに従っていたようで、1809年には彼とともに対オーストリア戦役に参加し、エックミュールの戦いなどに参加して大尉から少佐へと昇進している(p324)。現代のwikipediaでは1777年生まれになっている"https://fr.wikipedia.org/wiki/Jean-Jacques_Germain_Pelet-Clozeau"などソースによって記述にずれがあるものの、彼が1809年戦役に参加したことは事実のようだ。
 彼の本が出版されたのは1824年。そして私が探した限り、この逸話に関する最も古い史料はこの本のようである。ペレ自体はレーゲンスブルク攻撃の現場にいた様子はないが、その場にいたマルボが後にマセナの副官になっていることも踏まえるなら、ペレがこの話を知っていた可能性は十分ある。

 それにしても細かい言い回しについては史料ごとに異なるのが面白いところ。ペレとマルボが紹介しているランヌの台詞はそれぞれ異なるし、あるいはThiersのHistoire du Consulat et de l'Empire, Tome Dixième"https://books.google.co.jp/books?id=8tbIP0N2DnUC"にはまた異なる文章がある。即ち「お前らの元帥は、いや元帥なら誰であれ、擲弾兵であることを止めていない点をお前らに見せてやる」(p179)。
 格好いい言葉だから取り上げたくなるのは分かる。ちょっと色をつけたくなる者もいるだろう。でも結局のところ、この話が出てくるのは実際にランヌが死んでから15年後。同時代に語られていた証拠はない。またペレの本でも結局ソースはマルボに由来していると見られるところも問題だ。有名な話であるし、一応マルボは当事者なので一次資料に基づく逸話でもあるんだが、個人的にはそれほど信頼度の高い話ではなさそうに思える。
 もちろん、もっと信頼度の高い史料にこの逸話があれば話は別だが。
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