ノーパント戦術

 アメリカではプロレベルよりも下のレベルで変わったアメフトを見ることができる。single-wingが今でも生き残っているのは主にハイスクール以下の水準だし、以前紹介したA-11オフェンス"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/55247089.html"もハイスクールで行われていたものだ。同じように極端なフットボールが、最近FiveThirtyEightで紹介されていた"http://fivethirtyeight.com/features/the-high-school-football-coach-who-never-punts/"。
 Pulaski Academyのフットボールチームはアーカンソー州のクラス5Aに所属する。アメリカの高校スポーツは主に州単位で行われており、そして学校の規模に応じてクラス分けが行われているのが特徴だ。アーカンソーの場合、最も規模の大きな16校がクラス7A、続く16校が6A、続く32校が5Aといった具合に定められており、つまりPulaski Academyは規模で上から3番目のクラスに所属していることになる。
 このチームを象徴する人物は何といってもHCのKevin Kelleyだろう"https://twitter.com/coachkelley1"。今シーズン前に書かれたこの記事"https://www.washingtonpost.com/news/sports/wp/2015/08/13/the-highly-successful-high-school-coach-who-never-punts-has-another-radical-idea/"によれば、彼は通算77勝17敗の成績を残している。さらに今シーズンは14戦全勝だった"http://www.maxpreps.com/high-schools/pulaski-academy-bruins-%28little-rock,ar%29/football/schedule.htm"ため、今や勝ち星は91勝に達しているはずだ。
 彼の戦術はスタッツ分析に由来している。彼は「アメフトにおけるポゼッションはあまりに過小評価されすぎている」と考え、結果としてほとんどパントをせず、大半のケースでオンサイドキックを行うという極端なチームを作り上げた。また彼は「爆発的なプレイ」(1回で20ヤード以上ゲインするようなプレイ)が重要であることもデータから読み取り、そのためダウンフィールドでラテラルパスを行う戦術を考え出した。まるでラグビーのように。
 具体的にはこちらの動画"https://www.youtube.com/watch?v=MbKv-LZKFFM"がわかりやすい。ある種のオプションプレイと考えられるが、通常のオプションがスクリメージの背後で行われるのに対し、こちらはフォワードパスを受け取った後のレシーバー間で実行されるのが特徴だ。ダウンフィールドでのファンブルはディフェンスにリカバーされる可能性が高いのでリスクは大きいが、ビッグゲインを得るためには正当化されるリスクだと考えたのかもしれない。
 他にも彼は変わった戦術を採用している。たとえばこちらの記事"http://www.campusrush.com/kevin-kelley-pulaski-academy-power-of-not-punting-1338619200.html"によると、レシーバーのアウト、ストップ、カールといったルートについて、何ヤード走った後で行うかについて決めていない。ディフェンダーがバックペダルから併走に移るタイミングでレシーバーはストップやカールをすることになっており、それによってインターセプトのリスクを避けることを重視しているそうだ。これも数字が背景にあるのかもしれない。ターンオーバーレシオはいつの時代も勝敗に大きく影響してくるからだ。
 スタッツ重視については、たとえばカレッジフットボールについて分析しているこちらのコラム"http://www.footballstudyhall.com/2014/1/24/5337968/college-football-five-factors"にもうかがえる。そこでは「爆発力」「効率性」「ドライブ完遂」「フィールドポジション」「ターンオーバー」が勝利に結びつく5つのファクターとしており、Pulaski Academyのラテラル戦術もそうした傾向と一致している。爆発力を1プレイ当たりの獲得ヤードと考えれば、プロであっても成立する考えだろう。
 ポゼッションの重要性、パントのリスクについては、プロレベルでもスタッツ関連サイトなどでしばしば指摘されている。Football Outsidersが算出しているAggressiveness Index"http://www.footballoutsiders.com/stat-analysis/2015/aggressiveness-index-2014"がその一例で、ゲーム中にも4th downのプレイコールについて細かく指摘するNYT 4th Down Bot"http://nyt4thdownbot.com/"なんてものも見られるようになった(Kevin Kelleyより遙かに慎重だが)。
 日本に比べれば圧倒的に人気とはいえ大して金のかかっていないハイスクール以下のレベルでは、色々と実験的な取り組みもしやすくなるんだろう。一方、実態はほとんどプロに近いカレッジ以上になると、かなり金をかけている部分も多く大胆な挑戦がやりにくいのかもしれない。もっとも超有力校以外で、なかなか勝てずに近くクビになる可能性のあるHCは、もっとチャレンジすべきだという意見もある。
 パスの重要性は広く知られるようになり、どのチームも以前よりパス重視になってきた。NFLでは1977シーズンには1試合平均のラン37.4回に対し、パスは(サック含め)27.4回しかなかった。だが2014シーズンになるとこの数字はラン26.7回、パス37.3回と完全に逆転している。時代が変われば変化の遅いプロレベルでも違いが明白になる。だとすればいずれはKelleyのようにほとんどパントをしない戦術でも、それが有効である限り、いずれプロにも届く可能性がある。
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