国家興亡シミュレート

 「国家興亡の方程式」を書いたTurchinの他に、こちら"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/51262720.html"で紹介したNatureカバー論文の著者(の1人)であるTom Currieらも名前を連ねている2013年発表の論文がこちら"http://www.pnas.org/content/110/41/16384.full"だ。Turchinは「国家興亡の方程式」で例えば紀元後の欧州における国家の栄枯盛衰を分析していたが、こちらの論文はもっと時間と面積が大きいのが特徴である。
 期間は紀元前1500年から紀元後1500年までの計3000年。オリエントや黄河流域に国家が生まれていた頃から、大航海時代が始まる瞬間あたりまでだ。対象はユーラシアとアフリカ。この地域を100キロメートル四方のグリッドに分け、それぞれに条件を設定し、2年を1ターンとするタイムスケールでシミュレーションを行って、どの程度国家の形成を再現できるかを調べている。
 モデルについての説明はこちら"http://www.pnas.org/content/suppl/2013/09/20/1308825110.DCSupplemental/sapp.pdf"に詳しい。まずWWEのデータをもとにユーラシアのステップ地帯を、降雨量をもとに乾燥地帯を確定する。続いてどの地域に農業が広まったかを3段階で設定。この農業グリッドのみをシミュレーションの対象としている。それぞれのグリッドは社会性の高低、軍事技術の有無という文化的な特質を持っている。
 社会性は高くなることも低くなることもある。それぞれ「突然変異」という形で生じるケースも設定されているが、多いのはむしろ戦争を通じた「文化破壊」だろう。戦争の勝者の社会性が敗北したグリッドに一定の確率でコピーされるというもので、軍事技術を持っているほどコピー確率が高い。一方この軍事技術は一度入手すればそのままだ。シミュレーション期間を通じてほぼ地図全域に広がるようパラメーターは設定されているが、スタート地点はユーラシアのステップ地帯周辺に配置している。つまりここでの軍事技術は馬匹を使いこなす能力(戦車や騎兵)を意味している。
 戦争の勝ち負けに影響を及ぼすのは社会性だ。高い社会性(Ultrasocial)を持つグリッドを多数持っている国ほど攻撃力が高くなる。防御側も基本は同じだが、それに加えて平均標高の高いところは高い防御力を持つ。軍事技術は戦争の勝ち負けよりも、その後の文化破壊をより効果的にする。戦争が激しさを増すほど、勝者がその文化を敗者に押し付けやすくなるという恰好だ。標高はこの文化破壊にも影響する。
 最後に国家の解体がある。サイズが大きくなるほどまとまった政治体制を維持し続けるのは難しいというもので、一定の確率で解体が生じるようになっている。その確率に影響を及ぼすのは領土の広さや社会性の高いグリッドの数などである。
 「国家興亡の方程式」で導入された考えが反映されているのは社会性という概念だろう。ここでいうUltrasocialとはつまりアサビーヤの高さを示しており、文化破壊は辺境でこそアサビーヤが高まるという仮説に基づいていると考えれば辻褄が合う。そのアサビーヤを高めるうえで馬匹を使った戦争の影響が大きいというわけだ。社会性の「突然変異」は辺境から離れたところが次第にアサビーヤを失う流れをシミュレートしたもの(突然変異で社会性が高まる確率より低下する確率の方が20倍も高い)だし、社会性を失うと国家が弱体化し解体が迫るのもまさにアサビーヤ概念そのものだ。

 ではシミュレートの結果はどうなったのか。そのためにはシミュレーションの比較対象となる現実を調べなければならない。著者らは各種の歴史地図を調べ、100年を単位にグリッド数にして10以上を占める帝国を探し出し、どのグリッドがどの程度の期間帝国に含まれていたかをデータ化した。3000年間の記録で見ると圧倒的に帝国期間が長いのは中国北部、メソポタミア、エジプトであり、そこから周辺に広がるにつれ期間が短くなる一種のヒートマップが出来上がる。
 このヒートマップと、シミュレーション結果とを比較し、どの程度相関があるかを計算。そのうえでどのパラメーターを変えれば相関関係がどう変わるかを調べた。ここのところが論文の眼目だろう。政治勢力の栄枯盛衰に大きな影響を与えるのがどのパラメーターであるかが、このシミュレーションによって見えてくるからだ。
 最初のモデルはR自乗が0.47だったという。最初の1000年分は0.54でもっと高かったが、後半2000年が低かったようだ。そこで農業地域の拡大が2段階目に入るタイミングを変えてみたところ、紀元後300年から移行するとした場合にR自乗が0.51まで上昇するようになったという。
 さらに様々なパラメーターを変えて調べた結果、文化破壊の最大確率(軍事技術が頂点に達している場合の数値)、国家の解体確率基本値、及び戦争に対する標高の影響という3つのパラメーターのみを変えることでR自乗を0.65まで高められることが分かったという。相関係数にすると0.8ほどに達している計算であり、十分に高い相関度と言えるだろう。
 実際、このパラメーターで行われたシミュレーションの動画"http://www.pnas.org/content/suppl/2013/09/20/1308825110.DCSupplemental/sm01.wmv"は、現実の経緯とかなり似通った動きを示している。まずエジプト、メソポタミア、黄河流域で始まった帝国の存在が、次第に地中海沿岸やペルシャ、インド、中国南部へ広がり、さらには欧州各地、日本、東南アジアといったところまで手を伸ばしていった様子がうかがえる。もちろん個別の帝国は現実と似ても似つかないものが主だったと思われるが、どのような地域が帝国領になりやすく、どこがなりにくかったかについては結構いいシミュレーションができている。

 ここまで似通った効果をもたらした大きな要因は軍事技術である。戦争をより激化させる馬匹を使った武装の効果によって文化破壊がもたらされるというのがこのモデルの設定だが、どんな武器を使っても文化破壊の発生する確率を同じにした場合、R自乗は一気に0.15~0.17まで急落する。また、最初に軍事技術を持っているグリッドをステップ地帯周辺ではなくランダムに配置した場合も、やはりR自乗は0.17と大きく下がる。
 それに比べると標高の効果は大きくない。少なくとも戦争時における防御力の効果をゼロにしてもR自乗は変わらなかった。文化破壊への効果をなくした場合にはR自乗は少し下がるが、それほど目立つ低下でもない。標高はあくまで帝国存在を抑制する要因でしかないようで、その広がりは別要因によって決まっているのだろう。
 著者らはさらに史実における農業の拡大、馬匹を使った戦争の拡大、ステップからの距離、標高という4つのファクターと帝国存在との相関も調べている。4つのファクターを組み合わせたものはR自乗が0.53と最も高くなったが、個別に見ると相関が最も高いのは馬匹を使った戦争(0.43)で、その次がステップからの距離(0.35)だった。現実のデータを活用してもシミュレーションで得られたのと似た結果が出てきたわけである。
 つまり帝国と呼ばれるだけの強大な国家が生まれるうえでは馬匹を使った戦争の激化、及びそれによってもたらされる文化破壊ethnocideの効果が重要であり、その影響は歴史的にステップからの距離に応じるように広がってきたことになる。黄河及びメソポタミアはそもそもステップに隣接する農業地帯であり、エジプトは少し離れているものの最初の1000年の中間時期には軍事技術が伝わってきた場所であった。

 軍事技術の重要性を踏まえ、他の時代や他の場所でもモデルが構築できる可能性を著者は指摘している。例えば北米では弓矢の技術が社会的な複雑さの進化に主要な影響を及ぼしたとされており、馬匹の代わりにそちらに注目したシミュレーションができるかもしれない。あるいは1500年以降に関していえば火器と遠洋航海技術がそうした役目を果たしてきたと考えることもできる。
 そう考えると当然思い浮かぶのは、Kenneth ChaseがFirearms"http://www.cambridge.org/us/academic/subjects/history/regional-history-1500/firearms-global-history-1700"で唱えた乾燥地帯からの距離と火器の発展論だ。上記論文ではステップからの距離が近いところほど先に軍事技術を手に入れていたが、火器についてはむしろ遠い方がその発展が早かった。さらにTurchinの辺境理論は、火器の発展に「戦乱が続く」"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/55649412.html"必要性があった点と平仄が合う。1500年以降のモデルを考えた場合、それ以前のInner Zone主導からOuter Zone主導のものに組み替える必要がありそうだ。
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