歴史社会学を理論的に成熟した科学とするためには数学的理論の発達が必要だ、という理屈から書かれた本だ。基本的に帝国の栄枯盛衰について数学的モデルを複数提示し、その後で実際の歴史的なデータと対比してどのモデルが最も妥当性が高いかを調べる、という手順を繰り返している。いわば演繹的なアプローチであり、それ自体はよく見かける手法と言っていいだろう。ただ、歴史的な事象について具体的に数式まで落とし込んだ事例はあまりなかったという。
歴史と言っても対象としているのは農業国家の時代だ。産業革命後はデータは豊富だがタイムスパンが短いうえに扱うべき変数が多くなる。逆に狩猟採集の時代は具体的データをほとんど考古学史料に頼らざるを得なくなる。簡単なモデルが使える時期であり、なおかつ信頼度の高いデータを手に入れられる時代ということだろう。
モデルと現実との対比といったが、著者が最初にやるのは既存のモデルの数式化である。具体的にはまずモデルのダイナミクスについて説明し、どのようなモデルであれば興亡の両方を数式化できるかを説明、そのうえでまずCollinsの地政学モデルを取り上げ、これが国家の滅亡をうまく再現できていないことを数式とグラフで指摘する。それ以外の地政学モデルも紹介しているが、基本的に滅亡の方をうまく説明できていないというのが著者の指摘だ。
次に著者は「集合的連帯」と称する一種の群淘汰モデルを取り上げる。特にウィルソンのマルチレベル選択説を紹介し、群淘汰に正当性があること、そのモデルを人間社会にも適用できることを主張している。もっともこちら"
http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20080330"によるとウィルソンのマルチレベル選択は包括適応度と「等価」らしい。要するに「グループ内では利己性は利他性を凌駕する、利他的グループは利己的グループを凌駕する」という表現が一番わかりやすいだろう。
著者は民族という言葉ではなく、連帯感のある集団としての「エトニー」という概念を持ち出し、淘汰の対象となる群を定義づけている。そしてこのエトニーが持つ「自分自身を防御し、抵抗を行い、自分自身を保護し、そして要求を主張する能力」こそが国家の興亡に影響を及ぼすパラメーターであろうと想定している。この能力はイブン=ハルドゥーンの著書から「アサビーヤ」と名付けられているが、その概念はソーシャル・キャピタルに近いものだという。個々のメンバーが自らの不利益となってもグループの利益増大を図る能力が高い集団はこのアサビーヤが高く、その強さはソーシャル・キャピタルと同様に測定できる、というのが著者の想定だ。
アサビーヤの高い集団はどこで生まれるのか。著者が持ち出すのがメタエトニー辺境理論だ。複数のエトニーを包括するメタエトニーの辺境は、はっきりとした民族の境界線を形成する。さらに宗教の境界線ともなれば、ただでさえ集団間の紛争が激しいうえに、「他者」と「我ら」との違いを明確にして集団の連帯感を高める条件が整っている。こうしたところで強いアサビーヤが生まれ、それが後の帝国を生むゆりかごになるのではないか、という理論だ。つまり辺境が新たな中心になる。
メタエトニー辺境理論のモデル化の特徴は以下のようになる。辺境は他の価値観と衝突する場であり、そこではアサビーヤが成長する。だが帝国の中心部にはそうした圧力がない。むしろ外部からの圧力にさらされない地域では集団間よりも集団内での競争が重要になり、アサビーヤは衰える傾向が生じる。帝国が大きくなると辺境を除いてアサビーヤが衰退するため、帝国全体のアサビーヤも低下する。対外的にまとまろうとするより、内部での争いが中心となり、それが最終的に国家の衰退や滅亡をもたらす。
このモデルが現実とどれだけ適合しているかを調べるため、著者は紀元0年から1900年までの欧州を取り上げている。欧州を50個ほどの領域に分割したうえで、宗教的境界、言語的境界、生計手段の違い(農耕か遊牧か)、そして戦乱がどれほど激しいかについて100年単位で各地域の「辺境強度」を算出。3世紀以上にわたって一定水準以上の辺境強度を持つ地域から、どの程度新たな帝国が生まれてきたかを調査した。
結果、大半は「辺境」から「帝国」が生まれるか、もしくは「辺境でない」ところから「帝国が生まれない」結果となった。「辺境でない」ところから「帝国」が生まれたのは4例しかなく、うち1つ(アキテーヌ公国)は既存帝国の分裂によって生まれた遺存種に過ぎず、もう1つ(ブルゴーニュ公国)もごく短期間に狭い領土しか持たなかった。ポーランドは辺境強度が3世紀ではなく2世紀しか続かなかった地域であり、その意味では辺境に近いところから生まれたと言える。唯一の例外はサボワ=サルデーニャ=イタリア。しかしそれを除けば辺境から帝国が生まれるというこの理屈は現実との整合性がかなり高い結果となった。
対抗理論として著者は地政学を使ったモデルと現実との整合性も調べている。陸地で接した国境が長いほど不利という地政学の理論と実際の帝国の大きさを比較し、国境の配置があまり帝国の大きさに影響を及ぼしていないことを指摘。地政学モデルよりメタエトニー辺境理論の方が現実への適用に向いているという。
次に著者が調べているのが、帝国の拡大過程で生じる異民族の取り込みモデルだ。といってもここで提示しているのは実際には宗教の改宗に関するモデルのみであり、言語や慣習といったものについては言葉での説明にとどめている。ただ改宗に関するモデルはかなり現実との適合性の高いモデルであり、そのあたりは興味深い。
具体的にはまず、単純に一定割合で改宗が起きる「非対話モデル」、社会ネットワークを通じて改宗が進む「自己触媒モデル」、そして一定の割合を超えると初めて改宗が始まる「閾値モデル」の3種類を提示。それぞれ数式化したうえで、どのようなふるまいが起きるかを説明している。そのうえでペルシャやスペインにおけるイスラムへの改宗、初期キリスト教徒の増加度合、さらにはモルモン教徒の数の増加といった歴史上のデータを使ってどのモデルが妥当かを調べている。
結論としては圧倒的に「自己触媒モデル」との整合性が高かった。中でもイスラムやモルモンの事例ではR自乗が0.99前後に達するなど極めて高い相関係数を示しており、ほぼ自己触媒モデルで説明がつく状態だ。
最後に国家の衰退を調べるために著者が注目したのが人口構造。マルサス的メカニズムが働く農業社会では人口増は国家運営に対して困難をもたらす。帝国が生まれる辺境は最初は人口密度が薄く、国家がもたらす安定によって人口も食料も増えることが当初は期待できるが、やがて収穫逓減の法則によって食糧増産(ひいては国家歳入の伸び)が鈍る。しかし人口増に合わせて歳出は増え続けるため、やがて国家財政は破綻を迎える。それは国家の滅亡にもつながることがある。
著者は人口と財政だけでなく、人口の中身を平民とエリートに分けたモデルも提示している。どちらの場合も国家はおよそ2~3世紀をかけて興亡の1サイクルを繰り返す。ただ農耕民から貢物を収奪する遊牧民国家の場合、このサイクルは1世紀程度の短いものになるようだ。国家の滅亡をもたらすのは平民よりエリート間の内紛であり、著者はイングランド内戦期の英国、あるいは黒死病で人口が急減した英国やエジプトなどの例を取り上げてエリートが国家の興亡に及ぼす影響のモデルと現実とを比較している。
人口構造のモデルから出てくる2~3世紀(遊牧民は1世紀)のサイクルを、著者は「永年サイクル」と呼んでいる。こちらについても英国や中国などの人口推移を調べ、このサイクルの存在を史実から導き出している。最後に著者はフランスとロシアをケーススタディーとして取り上げ、辺境から生まれてきた帝国が2~3世紀のサイクルで人口の増減や社会不安を繰り返しながら領土を拡大していく様子を説明している。
以上で大雑把な説明は終わりだ。感想は次回に。
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