マルボによれば「ナポレオンは重要な成功のニュースを知らせてきた士官に地位を与える習慣だった」(p65)ため、ランヌから報告書を届ける任務を請け負ったマルボは「これで間もなく騎兵少佐chef d'escadronになれる」と思ったそうだ。この辺りは漫画に描かれた通りと考えていい。だがこの任務は実は少しばかり厄介なものだった。
フランスからスペインへ通じる街道は、ミランダ=デ=エブロで2つに分かれる。一方はブルゴスからアランダ=デ=ドゥエロを経てマドリードへ向かい、もう一方はエブロ川を下ってログローニョ、トゥデラからサラゴサへと向かっている。これらの主要街道はこの時、既にフランス軍が押さえていた。トゥデラからミランダを経てアランダへ向かうルートで伝令を届けるなら、何も問題はなかっただろう。
だが一方でミランダ経由の道は遠回りでもあり、トゥデラからソリアを経てアランダへ向かう方が距離は短かった。またこの方面にはネイの軍団が進出する予定となっており、いずれはフランス軍によって安全が確保させる可能性がある道でもあった。しかしマルボが伝令として送り出された時点ではこの道の安全度は全く不明。彼自身はできればミランダ経由で移動したかったようだが、ランヌからソリア経由で行けと言われてやむなくそちらへ向かったという(p66)。
トゥデラを出発したマルボはまずタラソナという小さな町に到着(英訳本ではタラゴナと間違った名前が記されている、p336)。ここで出会った第2(シャンボラン)ユサール連隊から情報を得たマルボは、さらに2人の当番兵(ordonnances、p68)もつけてもらい、前進を続けた。漫画では下士官となっているが、回想録では下士官か兵かは分からない。
そして彼らは漫画のようにフランス兵の死体と遭遇したのだが、その数は3体。衣服を剥がれた2人の歩兵(fantassins)と、第10猟騎兵連隊(chasseurs à cheval)の若い士官1人だ(p68)。マルボらは彼らを殺したスペイン人たちを攻撃したのだが、その際には当番兵たちがアルザス訛りで「てめえらシャンボラン・ユサールを知らねえな! 本気を見せてやる!」と叫びながら襲い掛かったそうだ(p69)。捕えた司祭と農民はフランス兵に殺された。
やがて彼らは前哨部隊(漫画では先発隊と書かれている)の宿営地に到着。この分遣隊を指揮していた少尉はタサンという名前で、フォンテーヌブローの士官学校でマルボの兄弟の友人だったという(p71)。マルボはここまでついてきた2人の当番兵と別れることになったが、タサンは自分の判断で兵を1人つけることを決断した。「彼は背の低いノルマンディー人で、しゃべるのが遅く、善良そうな見た目の裏に狡猾さを隠していた」(p71)というのがマルボの解説だ。
後にマルボが危機に陥った時、この兵が彼を見捨てたのは漫画の通りだ。だが見捨てた場所は漫画のような人家を離れた場所ではなく、トゥデラとソリアの間にあるアグレダという村。夜明けに気づかれないようここを通り抜けようとしたマルボは、スペイン軍に発見され、村の近くにあるブドウ園に逃げ込んだ。敵と切り結びながら背後にいるはずの彼にスペイン兵を撃つよう命じたが、彼はさっさと逃げ出してしまっていた(p75)。
だが幸い、フランス側にはタサンという有能な人物がいた。マルボを捨てて戻ってきたノルマンディー人を見つけたタサンは、マルボが窮地に陥っていることに気づき、15人の兵を連れて駆け足で彼の救出にやってきた(p79)。一命をとりとめたマルボはアランダへ向かうことを諦めてトゥデラへ帰還。ランヌに状況を報告した。血で汚れた報告書をそのまま改めて送り出すようランヌが命じたのも、回想録に書かれている通りだ(p81)。
後にタサンと彼の下士官は勲章を、マルボ救出に向かった兵たちには100フランの報奨が支払われた。持ち場を捨てて逃げた恰好のノルマンディー人は軍法会議にかけられ、2年間鎖につながれたうえで、最終的には工兵中隊で軍務を終えたという(p81)。
以上が回想録に書かれた話だ。何せマルボが書いているので、どこまで信じるかは難しいところ。まあ伝令の苦労話が史実と多少違っていたところで大した問題ではないのだから気にする必要はあるまい。それより凄いのは、彼の回想録がほぼそのまま漫画の題材になってしまう点だろう。つまり、中身が事実かどうかは不明だが、面白いのは間違いないのである。やはりここは誰でもいいからマルボ回想録を翻訳してほしいところ。題名は「勇将マルボの回想」で。
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