バイレン まとめ

 長々と書いてきたバイレンの話も終わりだ。最後に敗因について思いついたことを書くことにする。

 最大の敗因がナポレオンの政治と戦略にあることは否定できない。そもそも彼の無茶な政策がなければスペインは敵ではなく同盟国のままだっただろう。デュポンがアンダルシアへ遠征する必要も、そこでスペイン軍相手に戦う必要もなかった。またスペイン相手に戦争するうえでナポレオンが投入した兵力はこの時点であまりにも少なすぎた。デュポンが敗北した最大の要因は数が少なすぎたこと。その責任はどう考えても彼自身にはない。ナポレオンは自らの失敗に対する咎めを「大陸軍の威信低下」という形で受けたことになる。
 マドリードの司令部、つまりミュラやサヴァリーも無実とは言えない。彼らの問題はアンダルシアの状況が拙いと感じていながら、デュポンに対して退却を命じなかったことにある。少なくともアンドゥハルの保持を何度も繰り返して命令したのは失敗だろう。もっと曖昧に、アンダルシアに足がかりを残すよう戦えという程度の命令であれば、デュポンはより機動的な防衛を実行することができたかもしれない。多くの歴史家が指摘するように、バイレンを拠点としグアダルキビル川に前哨線を置いて対応すれば、史実よりは守りやすかっただろう。

 デュポンの責任はどうか。Titeuxが指摘するように、彼の責任と言えない部分まで批判対象となっているのは事実だ。例えばアンドゥハル保持にこだわったのは、マドリードの命令に従ったことが最大の理由だったのは確かだろう。またヴェデル師団が合流した際に攻撃に出なかったのも、これまたマドリードの命令があったため。現場の判断でやるべきだったという指摘は、要するに不服従の推奨であり、軍人に対する批判としては筋が悪い。デュポンが持つ権限と、彼の知っていた情報の中で、間違った判断をしていたなら、それこそが批判すべきものだ。
 そしてTiteuxの擁護にもかかわらず、デュポンが「間違った」部分はあったと思う。最大の問題はスペイン軍に対する過小評価である。例えば14日にヴェデルに宛てて書いた命令の中で、彼は「ビリャヌエバに向かった縦隊の大半は農民で構成されている("https://archive.org/details/legnraldupontune02tite" p405)と述べているが、レディンクやクーピニー師団は基本的に常備軍で構成された練度の高い兵たちだった。同じ14日にゴベールに記した手紙(p410)にも同じことが書かれている。
 敵の過小評価が最も極端に現れたのが、19日のバイレンの戦いだろう。デュポンは最初から最前線にいて敵の様子を見ており、自軍の倍ほどのスペイン軍が数多くの大砲を正面に配置して待ち構えていたことを知り得たにもかかわらず、何の工夫もない正面攻撃を何度も繰り返して兵を消耗させた。Titeuxは、後方から追撃してくるカスタニョスが来る前に戦線を突破しなければならなかったことを理由にデュポンのこの行為を容認しているが、果たしてそれで正当化できるだろうか。
 Titeuxの本に載っているバイレンの戦場を記した地図(p456-457)を見ると、ルンブラルとクルーズ=ブランカの中間地点から北方へ伸びる道が記されている。どうやらバーニョス=デ=ラ=エンシナ"https://es.wikipedia.org/wiki/Ba%C3%B1os_de_la_Encina"まで通じている道だそうで、このルートを通ればバイレンを経由せずにグアロマンまで移動することができたはずだ。もちろんその場合には車両の大半や大砲を捨てる必要があっただろうが、それでも正面のスペイン軍と無意味に衝突し、多くの損害を出したうえで降伏を強いられるよりはマシだ。
 あるいは攻撃するにしても正面のど真ん中ではなく、スペイン軍両側面のどちらかに攻撃を絞る方法もあった。実際、左翼や右翼に対するスペイン軍の延伸行動はフランス軍によって何度も撃退されている。正面にいる多くの敵ではなく、突出してきた一部の敵を叩いてそこに勝機を見出すという方法だって不可能ではなかっただろう。にもかかわらず正面から中央突破を試みたのは、敵の戦力を見誤ったか、さもなくば敵を過小評価していたためとしか思えない。当日、夜が明けて以降の視界が悪かったとの記録は見当たらないため、おそらくは後者が理由だ。
 そう考えると、そもそも増援で兵力が2万5000人になればアンダルシアのスペイン軍を撃破できる(p413など)とデュポンが主張していたこと自体、一種の驕りだったように思える。彼がアンドゥハルにこだわった理由の一因として、いずれ攻勢に出るからそこの橋頭堡を確保しておきたかったという点があるのだが、すぐに攻勢に出られるという発想そのものが間違った敵評価に基づいていたのかもしれない。
 デュポンはアンダルシアのスペイン軍を適切に評価し、そのうえで攻勢は論外であり、防勢にふさわしい態勢に移行するか、あるいはいっそアンダルシアから撤退するよう上層部に訴えるべきだった。だが彼はそれに失敗し、いつでも攻勢に出られると信じて不利な状況を放置した。彼にそれができなかったとは言えない。なぜなら同じ時期にモンスイはバレンシア攻略を諦め退却を実施しているからだ。モンスイに比べデュポンの情勢判断は甘かったと言われても仕方ない。
 もしかしたらデュポンが師団長までしか経験していなかったのが、判断の背景にあるのかもしれない。師団長であれば上層部の言われた通りに頑強に戦い続けても問題はない、というかそちらの方が望ましい。だが独立して行動する部隊の指揮官になれば、最悪のケースも考えて行動しなければならない。革命戦争中、失敗すれば文字通りに司令官の首が飛ぶ時期に西部ピレネー軍を率いた経験があるモンスイは、そのあたりの機微を理解していた。だが諦めずに戦い続けることで出世してきたデュポンには、そうした経験がなかったのだろう。

 ヴェデルやデュフールの失敗が情報の軽視にあることは確かだろう。彼らはきちんとした情報を集めきれないまま軽々に行動した。特にヴェデルの「腰の軽さ」はいささか異常であり、無駄な行軍を連発して兵を疲れさせたのは間違いない。彼らの前のめりな行動原理も、ブローニュで鍛えられた全盛期の大陸軍であれば上手くいったのだろう。あの兵たちであれば多少の無茶も効いただろうし、そうやって無茶をしてきた指揮官がデュポンのように出世街道を進んでいたのも事実。でもスペインで彼らの下についたのは新兵や外国人であり、とても無茶な要求には従えなかった。
 彼らが伝令の喪失や連絡線遮断に苦しんでいたことも背景にある。この点は彼らだけの責任とも言えない。前にも書いたが、スペインでの戦争がどういうものであるか、それに慣れる前に彼らはこの状況に追い込まれたのだ。新しい環境での最適な方法を見つける時間のないまま、以前まで上手くいった方法に頼りすぎたことが、彼らの失敗だと思う。もちろん、特にヴェデルに代表される命令の軽視(ほとんど不服従)も問題であり、そういう属人的課題が敗因の1つになったのは確かだろう。だがTiteuxが言うようにそれが最大の理由だといわれると、さすがに違う気がする。

 バイレンについては歴史家も「敗者」と呼んでいいだろう。彼らの多くは「後知恵で評価する」という安易な方法に頼ってデュポンを批判した。後知恵に基づいて歴史を見ること自体はおかしくないが、それを根拠に当事者を糾弾するのはおかしい。デュポンがヴェデルと合流したところで正面のカスタニョスを攻撃していれば、という指摘は、確かに後から見ればフランス軍が勝利する最大のチャンスであった。でも当時のデュポンにそう判断できる根拠はなかったし、彼の権限内の行動でもなかった。彼としてはヴェデルをバイレンに派出するのが可能な最善の行動だったし、歴史家はむしろ「なぜデュポンがそう行動したのか」をきちんと説明すべきである。
 そうした後知恵批判のおかしさを指摘しているのがTiteuxだが、その彼もデュポン贔屓のあまりに目が曇らされている部分があるのが残念だ。何よりデュフールがでっち上げた可能性の高いニセ手紙にころっと騙されているのは拙い。いくら何でもあの手紙を根拠にヴェデルを批判するのは無理がある。ある意味、誰にとっても客観性を保持することがどれほど難しいかを示す事例だと言える。

 そして最後に1つ。「正直は軍人の美徳ではない」ということを心に刻むべきだ。彼らは平気で嘘をつく。サヴァリーもヴェデルもデュフールも、後になって事実と異なることを平然と証言し、それを根拠に他人に責任を押し付けている。彼らにとっては勝つことこそが第一であり、正直さなどはどうでもいいのだろう。孫子の言う「兵者詭道也」だ。結果のみが問われる彼らにとって、「嘘をつかない」ことが持つ価値などないも同然なのである。軍事史を調べる際に、このことを忘れてはならないだろう。
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コメント

No title

JIN
漫画で一番の注目はナポレオンの罵倒ぶりですよね。

これはまさに後のモスクワでの彼自身にも言えると。

それにしてもやはりデュポンはナポレオン没落後の言動もあって不当なまでの責任まで押し付けられた感じが。

No title

desaixjp
あの漫画は作者自身が番長漫画と言ってますから、罵倒も芸のうちでしょう。面白ければいいのではないかと。

一方の史実の方ですが、失敗した者に対する独裁者の対応はいつでもこんなもんだと思います。
むしろナポレオンは、例えば自分を裏切ったマルモンに対してさえ、多少同情めいたことを述べていたりするので、独裁者の割に人情味はあったのでは。
デュポンはさしてナポレオンと親しかったわけではなく、それほど同情された様子はないようですが。
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