バイレン 史料

 前回はネット上のコンテンツに基づいてバイレンの戦いを紹介したが、より詳しく知りたければ書物に書かれているものを読むべきだろう。ただし今回も英語文献中心の紹介にとどめる。フランス語やスペイン語まで調べればより多くの史料が見つかるはずだし、中には例えばバイレンに参加したヴェデル自身の書いた本"https://books.google.co.jp/books?id=DhxXAAAAcAAJ"もあるが、今回は対象外だ。

 まず同時代の軍人兼歴史家である英国のネイピアが書いた半島戦争史の本"https://books.google.co.jp/books?id=pW4PAAAAYAAJ"がある。p70からアンダルシアの作戦について言及されているが、内容的には薄い。7月中旬からのバイレンを巡る争いについてはp75から記述が始まり、2ページ後にはもうデュポンが降伏している。どうやらネイピアは英国軍の参加していない戦いに関してはほとんど関心がなかったのだろう。あまり参考にはならない。
 同じ英国人なら、20世紀初頭にCharles Omanのが書いた半島戦争史に関する本"https://archive.org/details/historyofpeninsu01oman"の方が参考になるだろう(p176-)。戦闘の経緯がより詳しく書いてあるほか、簡単な地図もついている。デュポンの行動について、どのような部分が批判されているのかもこちらを読めば大体見えてくる。
 デュポン批判をもっと分かりやすく知りたければ、Thiersの英訳本"https://books.google.co.jp/books?id=4VS2f-fPiyYC"がいいだろう(原著は"https://books.google.co.jp/books?id=zPJJAAAAcAAJ")。デュポンがアンドゥハルに布陣してからの話はp72以降(原著ではp130以降)に書かれているが、経緯の説明もデュポンに対する非難も英国人の本よりはるかに詳細だ。Thiers本の正確さについては色々問題点もあるが、通史を書きながらこれだけ細かい指摘をしているという点は素直に感心するべきかもしれない。
 デュポンの同時代人であり、スペインで戦った経験のある軍人たちが残した記録もある。その中には英訳されたものも存在している。代表例がサヴァリーの回想録"https://books.google.co.jp/books?id=lgwbAAAAYAAJ"(原著は"https://books.google.co.jp/books?id=NdZWAAAAMAAJ")だろう。サヴァリーについては単なる同時代人にとどまらず、半分関係者といってもいい人物だ。
 彼によるバイレンの説明(p257-、原著はp253-)は、他の本に比べると戦争の経緯に関する説明が微妙に異なっており、そのあたりも興味深い。デュポンに対する批判もあるが、彼の部下に対する問題点の指摘があることも注意すべきだろう。一方、サヴァリー自身がデュポンの行動に影響を与えたと思われる部分についてはほとんど口をぬぐっており、このあたりは回想録と呼ばれる書物で広く見られる傾向だと言える。
 そして、なぜか英訳が存在するのがフォワの本"https://books.google.co.jp/books?id=P2LQHrePTHMC"(原著は"https://books.google.co.jp/books?id=79Q8AAAAYAAJ")。彼については半島戦争での経歴よりも、むしろ百日天下でワーテルローの戦いに参加したことの方が有名かもしれない。王政復古後は代議士となって野党政治家として活躍したのだそうだ。
 彼はこの時期、デュポンではなくポルトガルにいたジュノーの下で働いていたため、サヴァリーに比べればバイレンとは無関係であった。それでも彼が書いた半島戦争本の中のバイレンは、比較的詳しいうえにバランスの取れた書き方をしているように思う。英訳本ではp323以降、原著ではp49以降に描かれているバイレンの状況は、比較的正確であるうえ、他の本にはあまり触れられていない補給上の問題なども指摘されている。個人的には一番お薦めと言える。

 さて、以上の文献紹介を経て、次に何が問題になっているかを見ておこう。最大の問題はデュポンの責任だ。大陸軍の全盛期に、これだけ多くのフランス軍が最終的に降伏に追い込まれたことはかなり問題になったようで、降伏後にフランスに戻ったデュポンらは即座に逮捕され、投獄されたそうだ。ナポレオン自身が何を問題視していたかは、前回も紹介した最近邦訳された本"https://books.google.co.jp/books?id=5Cw7BAAAQBAJ"を見てもらうのがいいだろう。
 ナポレオンはデュポンの参謀長であったルジャンドルに対し、「そもそも軍隊が広い戦場で降伏することを見た者がいるか?」と非難している。「要塞なら降伏することもあり得る」ことはナポレオン自身も認めているが、戦場では戦死するか捕虜になるかしか選択肢はない。最後まで戦った結果として捕虜になってしまうのは仕方ないが、敵と交渉のうえで降伏するなどとは考えられない、というのがナポレオンの主張だ。
 さらに皇帝は降伏前の戦い方にも文句をつけている。「兵を縦列を維持して進撃させるべきであって、広く展開させてはならない。ついでにそれこそ肉弾戦を敢行すべきで、隊伍を組んだまま[原文では横隊のまま]で闘ってはならない。また短期決戦をはかるべきであって、長期戦になってはならない」のだそうだ。さらには「軍隊を分離させず結集していたならば」スペインの反抗も成功していなかったという。降伏に至る過程をもたらしたこうした失敗もまた批判の対象ということだろう。

 この批判がどこまで妥当かについて、20世紀の初頭に2冊の本(フランス語)が出版された。1つはClercが書いたGuerre d'Espagne: Capitulation de Baylen"https://archive.org/details/guerredespagneca00cleruoft"であり、もう1つはTiteuxのLe général Dupont: une erreur historique"https://archive.org/details/legnraldupontune02tite"だ。この2冊の本については当時のレビューがこちら"http://fr.wikisource.org/wiki/Le_G%C3%A9n%C3%A9ral_Dupont"で読める。
 両者ともデュポンが臆病さゆえに降伏したとの説は否定している。Thiersですらデュポンの華々しい経歴を認めているし、ナポレオン以外にそうした批判をする人はあまりいないようだ。また降伏は間違った政策と戦略の結果とも言え、その意味ではむしろナポレオンこそが根本原因であった。スペイン人を怒らせた内政干渉的な政策、大規模な蜂起を少数の新兵中心の戦力で鎮圧に当たろうとしたゲリラ戦に対する認識の甘さなど、デュポンのレベルではどうしようもない問題が背景にあったのは確かだろう。
 スペインに行く前のデュポンはポッツォロ、ハズラッハ、デュレンシュタイン、ハレ、フリートラントなどで華々しい戦果を挙げてきたが、その際に彼が率いたのは戦争になれたベテラン兵で構成された部隊であった。しかしアンダルシアで率いたのは新兵と、信頼性の低いスイス人などで構成された部隊。ゲリラに背後を脅かされ、住民が逃げ出してろくに物資も確保できない中、そうした兵を率いて数で勝る正規兵中心の敵と戦わなければならなかったのが、デュポンの不幸の根っこに存在していたのだ。
 だがこのレビューによればClercとTiteuxが一致するのはそこまで。確かに降伏に至るのも無理はないと思えるほど厳しい条件だったが、ではデュポンに責任はないのかとなると見解が分かれる。ナポレオンや、彼の部下としてスペインに駐留する軍の司令官であったサヴァリーのやったことはともかくとして、「戦場で敵に直面した彼[デュポン]は、惨劇を避けるため人間に可能な全てを行ったのか? イエス、とTiteux中佐は言い、ノー、とClerc中佐は答えた」。
 ここに論争がある。デュポンを優れた軍人で非の打ち所がないと考えているTiteuxが、彼に失敗はなかったとしているのに対し、Clercは彼が自由に自発的に間違った戦場を選び、戦争の原則に反して極めて難しい作戦を行い、結果として敵に包囲されてしまったと見ている。遠くフランスからナポレオンが送ってきた命令を、現場の状況に合わせて修正することなく字義通りに守ろうとしたのが理由で、そうした融通のきかない対応にデュポンの責任があるという見解だ。そしてレビューの評者も基本的にClercに同意している。
 というか、はっきり言うならTiteuxの見方が極めて例外的なのだ。大半はClercと同様にデュポンにも責任があったと見ており、違いは濃淡でしかない。もちろんTiteuxにも仲間はいる。例えばこちら"https://books.google.co.jp/books?id=Srw7S6LXO2gC"に載っているTiteuxの伝記では「バイレンのデュポン将軍は、イタリア、オーストリア、プロイセン及びポーランドの戦場と同様、偉大で大胆な兵士であり、全く申し分なかった」(p69)というTiteuxの説をそのまま紹介している。だがこうした説が少数派なのは間違いないだろう。
 従って次回以降は主にTiteuxの説を紹介していきたい。理由はもちろん、その方が面白いからだ。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

トラックバック