黒い伯爵 下

 アレクサンドル・デュマ将軍の本だが、原著"http://www.amazon.com/dp/0307382478"はかなり人気があるようで、アマゾンでは500件以上のレビューがついている。しかも評価はかなり高い。もちろんピューリッツァー賞を取ったことがこの人気に寄与しているのは間違いないし、日本語訳"http://www.amazon.co.jp/dp/4560084262"の訳者あとがきによれば映画化も予定されているそうなので、話題には事欠かない。
 翻って日本ではどうか。アマゾンのレビューは現時点で1つもない。ネット上で感想を集めているサイト"http://bookmeter.com/b/4560084262"にも、まだ限られた数の反応しか集まっていないのが実情だ。ただしこの本に関するレビュー"http://honz.jp/articles/-/41432"が、はてなブックマークでそれなりに関心を集めている"http://b.hatena.ne.jp/entry/honz.jp/articles/-/41432"ので、もしかしたらこれから少しずつ読まれるようになるかもしれない。
 アメリカほど多大な反響を得ていないのはなぜか。まずは値段が理由だろう。4000円近い価格設定はなかなか手を出しづらいのは確かだ。活字中毒な人間ならそれでも買う可能性があるが、時々話題の本を買う程度の人にとっては高すぎるように思われるだろう。原著がKindleで14ドル弱、紙の本で13ドル弱(いずれも1000円台半ば)なのに比べても、いかにも高い。
 もう一つは題名だ。原著のBlack Countは明らかにThe Count of Monte Cristoを意識した題名だ。そして本を読んでもデュマ将軍の体験がいかにモンテ・クリスト伯のモデルになっているかを何度も説明している。一方、日本語題は「ナポレオンに背いた『黒い将軍』:忘れられた英雄アレックス・デュマ」である。そもそも長すぎるうえに散漫だ。
 おそらく出版社側は「ナポレオン」の名前で売るつもりだったんだろう。伝記なので歴史にからめて売っていこうという判断も分からなくはない。だが歴史好きの読者と、モンテ・クリスト伯に興味がある読者の数を考えた場合、果たしてこの判断でよかったのかどうかは難しいところだ。正直言ってデュマのファンの方が裾野が広いだろう。個人的にはどうせ長い題名にするのなら「黒い『モンテ・クリスト伯』:大デュマの父親の物語」としてみた方が面白かったのではないかと思う。
 実際、ナポレオニックマニアがこの本に食いついている様子が窺える部分もある。上に紹介したはてなブックマークがそうで、「ナポレオン獅子の時代」の名を挙げている人が複数いる。一方、モンテ・クリスト伯に言及しているのは1件のみ。岩窟王まで含めても2件だ。歴史好き(正確には歴史題材のフィクション好き)へのアピールが一定の成果を挙げているのは確かだが、大デュマのファンへのアピールは弱いのではなかろうか。

 もう1つ、この本が米国で受けた理由は、おそらく黒人差別について言及していることが理由だと思う。著者はデュマ将軍の物語を「欧米で初めて奴隷解放を行ったフランス革命」の渦中にいた人物として描き出している。米国にとって差別問題がなおセンシティヴなのは間違いないだろうが、それでも黒人大統領の誕生までこぎつけたことである程度は「過去の歴史」として振り返ることができる時期に達していたのだろう。
 この本自体は単に差別の撤廃を褒め称える本になってはいない。なにしろ後半になるとナポレオン政権下で一度は解消された差別が復活していくのだから。つまりバッド・エンドな本なのである。一方でそうしたナポレオンの姿勢を糾弾することを目的としている本とも言えない。事実を淡々と紹介することで、デュマ将軍を巡る運命の転変を描き出すことに注力しているように見える。
 例えば公民権運動が盛んだった時期には、こうした本はむしろ出版しにくかっただろう。客観的記述中心でメッセージ性が少ないことに対して必ず噛み付く人間がいただろうから。読者が冷静に振り返ることができるタイミングで、かといって完全に過去のこととして忘れ去られるほど昔の問題ではない「黒人差別」という切り口を据えたのが、この本の原著が成功した一因だと思われる。
 実際、米国で「黒人」問題がかなり克服されたのは、例えばNFLのドラフトからも見て取れる。こちら"http://www.footballperspective.com/jameis-winston-black-quarterbacks-and-the-first-round/"でも紹介されている通り、1998年以前、ドラフト1巡で指名されたQBはほぼ白人ばかりで、黒人はほんの僅かしかいなかった。だが1999年に3人の黒人QBが1巡で指名された(うちMcNabbとCulpepperは一定の成功を収めた)後は、コンスタントに黒人QBがドラ1で指名されるようになっている。
 最近では失敗した黒人QBに対しても、単純に成績の良し悪しを非難する声が目立つ。あるいは今年の全体1位指名であるJameis Winstonに対する懸念の声を見ても、彼の肌の色を理由とする声はほとんど聞かれず、大学時代のインターセプト数やオフフィールドにおけるトラブルなどを取り上げる事例が大半だ。ほんの十数年前までQBのポジションなどに人種差別の痕跡が残っていたNFLでも、それが払拭されつつあることが分かる。

 しかし、そういう背景が米国で売れた要因だとするなら、この本を日本で売るのはなおさら難しそうに思える。高い値段、マニアはともかく裾野は狭い「ナポレオン」という切り口、そして日本の読者からしてみればどこまでも「対岸の火事」でしかない黒人差別問題。こりゃ上手いこと映画化が成功し、その話題が日本にも伝わることを期待するしかなさそうだ。
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