ホモサピエンスの歴史を通じて暴力が減ってきたという事実をひたすら例証しているのがこの本の特徴。その「暴力の減少」という過程をもたらしたのは1つの原因ではなく、複数のプロセスが働いたものであるというのがピンカーの考えであり、それぞれについてデータを示して説明している。このうち殺人や戦争の減少といった統計データについては特に異論はない。一方、心理学的な研究に基づく指摘についてはどこまで正しいのは私には判断しかねるが、読んでいて面白い部分ではあるだろう。
ピンカーの指摘を手短に把握したければ、最終章で紹介されている「囚人のジレンマ」に対する修正がどう働いたかを図示している部分を読めばいいと思う。リヴァイアサンによる暴力の独占、通商による平和の配当の増加、男性よりも平和的傾向が強い女性化の動き、同情や共感を寄せる対象となる「輪」の拡大、そして理性の強化。こうした様々な動きが、放っておけば敵対関係に陥り安い「囚人のジレンマ」の損得関係を変化させ、ホモサピエンスの暴力を減らしてきたと彼は考えている。
個人的にはピンカーが掲げた条件が逆回転を起こす可能性がないかどうかに興味がある。リヴァイアサンが無力化した事例としては、派手なものとしてたとえばローマ帝国の崩壊などがあるだろう。そうした現象が起きた場合に、暴力は復活するのだろうか。また産業革命以後のように使用可能なエネルギーが増える状況では通商による平和の配当増も期待できるが、使えるエネルギーが減るような局面でもなお通商は平和と繁栄をもたらしうるのだろうか。そうした問題が起きたとして、暴力減少という一貫した流れを変えるほどの影響力はあるのだろうか。
このように「仮定」に基づく議論ができるようになっていること自体、フリン効果のおかげなのかもしれないが。
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