全滅壊滅殲滅

 ネット上でしばしば見かける「損害率3割で全滅」説。たとえばこちら"http://dic.nicovideo.jp/a/%E5%85%A8%E6%BB%85"では「おおよそ部隊の3割(戦闘担当の6割)を喪失すると組織的抵抗が出来ない事から全滅と捉えられる」と記し、さらに「一般的に使われる全滅とは、軍事的用語での殲滅が同意語である」としたうえで「壊滅=部隊の5割(戦闘担当の10割)、殲滅=部隊の10割(部隊消滅)の喪失とされる」という説明を載せている。
 あるいは「『戦力の三割減は全滅』という話は基本的に現代戦の話」「近代以前だと三割で全滅、とは言えない」"http://togetter.com/li/779926"という主張もある。この場合、中世のような舞台であればともかく、少なくとも最近(おそらく20世紀以降)の戦争については「全滅=3割減」を肯定しているように見える。
 だがいずれにせよソースは不明。何を論拠にこう主張しているのか、さっぱり分からない。というかネット上を見てもきちんとソースを示しているものはほんど存在しない状態。3割という数字の出所を探した例はあるが、それ"http://yamanekobunko.blog52.fc2.com/blog-entry-292.html"を見ても「短時間に部隊の30%の打撃を受けた場合には一時的に戦闘力が失われ」るとしか書いておらず、全滅の文字はそこにはない。
 さらにこちら"http://togetter.com/li/154183"には様々なデータが紹介されているが、そこで取り上げられているのは「攻撃の頓挫」「戦闘力の限界」「限界損耗率」に関する数字であり、「全滅」の数字ではない。だから中には「軍事で言う『2割で全滅』というのはデタラメかもしれません」との意見すら出ている。

 そこで「全滅」という言葉がどう使われていたかをアジア歴史資料センターの防衛研究所関連史料で探してみた。検索で引っかかるのは200件近くあるが、中にはインフルエンザの「全滅マデハ」部隊を前線に送らないといった文章もあり、兵力の損害に絡めて出てくる「全滅」の文字は決して多くない。その中でもいくつか見つけた事例について、損害率がどの程度だったかを調べてみよう。
 一つは沖縄戦。リファレンスコード「C13071341400」にある大東亜戦争全史草案の目次に「第三十二軍の全滅」(2/3)という文字がある。沖縄戦で戦った日本側の兵力は11万~12万人ほどだったようだが、うち戦死者は9万4000人以上。少なく見ても4分の3以上が戦死しており、負傷者まで含めた損耗率はかなり高かったと考えられる。だがここでは「壊滅」や「殲滅」の文字ではなく、「全滅」という言葉が使用されている。
 逆にアジ歴にある資料のうち、沖縄戦で「殲滅」の文字が使われているのは「敵を殲滅する」というニュアンスのものばかりだ。例えば「敵殲滅ヲ策スル」(C11110138200、1/2)や「敵ニ対シテハ(中略)一挙殲滅ヲ計ルヘシ」(C11110197300)、「敵戦車ヲ殲滅シ」(C11110206100、1/3)といった具合。損耗率に基づく用語ではなく、敵に対して使われる用法が目立つ。
 沖縄戦以外にシベリア遠征でも「全滅」の文字が見られる。例えば尼港事件で多くの損害を出した第二連隊第三大隊について、こちら(C07061091100)の記録では「全滅」との言葉が使われている。またユフタの戦闘に関連して「部隊ノ全滅」という言葉が使われた例(C07060674800)もある。このうち尼港事件については詳細は不明だが兵300人の大半が殺されたようであり、ユフタの戦闘では官報("http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2954092" p150)によると戦死302人、負傷9人で居合わせた兵はほとんど失われたことが分かる。ほぼ100%近くが損耗した戦闘や事件について「全滅」の用語が使われているのだ。
 逆にシベリア遠征で使われた「殲滅」の文字が見つかったのは1つだけ(C13110218400)。そこでは「敵ニ対シ(中略)包囲作戦ヲ行ヒ之レカ殲滅ヲ計リ」(2/9)とあるので、沖縄戦と同様、損害率ではなく敵に対して使う用語となっている。

 以上、少なくともアジ歴で見つけた限りにおいて、「全滅」という言葉が使われるのは3割どころではなく大半の兵力が失われた事例ばかりだった。いずれも日本陸軍の資料に書かれていた文言であり、つまり当時の日本陸軍における「全滅」という用語の使い方は「一般的に使われる全滅」と同じ、ほぼ100%が失われる事態を指していたのである。
 日本陸軍以外でそういう用語の使い方があったかもしれないので、軍事用語としての「全滅=3割損失」が間違いと断言することはできない。だが現時点でそれを裏付けるソースが見つかっていないのも事実。新しい証拠が出てこない限り、全滅=3割減は論拠がない可能性が高い。
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コメント

No title

あまね
はじめまして。いつも記事は興味深く読ませていただいています。

「損害率3割で全滅」説ですが、私がこれを明示的に記載したものとして記憶しているのは、コルスン包囲戦の作戦研究記事ですね。そこの史実解説でいわく「6割以上の兵員が包囲環の脱出に成功はしたが、彼らは疲弊しきった上重装備のすべてを喪っており、一ヶ月以上にわたる後方での休養と再編成を行わなければ再投入はありえない状態であった。まさしく『全滅』したのである」。
もちろんこれは一次資料でもないんでも無いので「単にこの記事の書き手が『損害率3割で全滅』説の支持者」であることを示しているだけだとも言えますが(そしてそれは正しいと思います)、ではなぜ記事作成者が『損害率3割で全滅』説支持者であるかというと、この記事が『ボードシミュレーションゲームの作戦研究記事』だという理由が大きいと思います。
(文字数制限に引っかかってしまったので分割します。長文申し訳ありません)

No title

あまね
コルスン戦をゲーム……それも1ユニット旅団~師団規模の作戦級ゲーム……として表現した場合、史実通りの結果を『盤上にドイツ軍ユニットが残っている』状態として表現した場合、包囲環を脱出した部隊は『そのまま戦線に復帰してソ連軍の侵攻を阻止する』ことも『自分が脱出した包囲の開口部を支えて、後続部隊の脱出を支援する』事も可能です(特にステップロス状態が無いゲームの場合、ユニットが残っている以上完全戦力になってしまうので)。これは明かに事実に反しますので、ゲームデザイン上は『人員は脱出しているけど部隊としては崩壊して戦力を残していないから全滅(ユニット除去)ね』という形になるのもある意味止むを得ない判断です。

この『ゲームデザイン上の方便』が『軍事上の常識』として一人歩きしたのが『損害率3割で全滅』説の起源ではないかと思っています。

No title

desaixjp
はじめまして。
実は私自身も以前、ダニガンの著作で3割全滅説を見かけたような気がするのですが、残念ながら確認できていません。
ただそのコルスン記事が本当にあるのなら、ゲーム関連から出てきた用語の可能性はありそうです。
コルスン記事はいつごろ掲載されたのでしょうか。

No title

あまね
御返信ありがとうございます。

>ダニガンの著作で3割全滅説を見かけたような気がするのですが

私も同じです(苦笑)。ダニガン氏の著作に『あったような気はする』んですけどねえ……。

>コルスン記事はいつごろ掲載されたのでしょうか。

こちらは確認が取れました。TACTICSの1987年6月号です(14ページ)。ただ、人の記憶とは本当に曖昧なものだと思い知らされたというか、かなり表現が違っていました。正確な文面は以下のとおりです。
『最終的に脱出グループの60%以上、35,000人がドイツ軍戦線にたどりつくことができた。しかし、6.5個師団分の装備は包囲網の中に置きざりにされたのだ。もし、これがウォーゲームであったならば、まさしくEliminate(除去)の結果であったと言えよう』

どうも“Eliminate”を『全滅』と記憶していたようです。まぁ言葉の意味としては間違ってはいないとはいえますが……(汗笑)。

No title

desaixjp
情報ありがとうございます。
AnnihilationではなくEliminateでしたか。となると厳密にはコルスン記事が「3割全滅説」の淵源とは言い切れないようですね。
やはりダニガンの本が気になるところです。

No title

あまね
>コルスン記事が「3割全滅説」の淵源とは言い切れない

いや、それはないです。そもそもこの記事自体、私が「3割全滅説」知った後のものですし(苦笑)。かなり明示的に言っている以上『3割全滅説の起源が作戦級ボードゲーム』説の間接的傍証くらいにはなるかも知れませんが。

>やはりダニガンの本が気になる

『ジェイムズ ダニガン 三割 全滅』で検索したらこんな記事が引っかかりました。

ttp://slashdot.jp/~moci/journal/543370/

これによると『戦争のテクノロジー』のp.343-344のようですね。後、やっぱり『3割全滅説は作戦級ボードゲームのデザイン上の方便が軍事的常識に化けたんじゃないか』と推測したのも私だけではないようで(^^;; とはいえもうちょっと決定的な証拠がないと断言はできそうにないですねえ……。

No title

desaixjp
情報ありがとうございます。
そうでしたか、やはりダニガンの「戦争のテクノロジー」に書いてありましたか。
「ゲームデザイン上の方便が化けた」と思った人は結構いるんですね。
ダニガンが淵源かどうかを調べるのはかなり難しそうですが、やはりゲーム由来ではないかという疑いは残ります。
「3割全滅説」を軍事用語として言及するのはやめておいた方が安全ですかね。
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