タレイランとルゥルゥと

 今度こそナポレオン漫画最新号。巻頭カラーで羊が出てくるのはもはやお約束というべきだろう。残念ながら今回は表紙があまりカワイイ系ではなかったためトラップとしては今一つだったが、ステキカット皇帝がきちんとカラーページに間に合ったのは喜ばしい。
 さて史実との比較だが、今回はドンパチが少なかったので軽く流そう。まずタレイランの「俺が作った怪物…俺が片づける……のか」について。漫画ではタレイランがナポレオンの対応を見て「マズイな、バランス感覚でなく自分の声を聞いている。政治家として劣化しているってことだ」と述べているが、これと似たような言い回しがタレイランの回想録にもある。
 タレイランはティルジット後のナポレオンについて「彼は勝利し、そのために融通が利かなくなっていた。破ることになった約束と、自ら手に入れたものに、彼は酔っていた。彼はまたロシア皇帝を騙すことができたと信じていた。だがやがて明らかになったように、本当に騙されていたのは彼自身だった」("https://books.google.co.jp/books?id=aywMAAAAYAAJ" p316-317)と書いている(英語版は"https://books.google.co.jp/books?id=DlYxAQAAIAAJ"のp238)。
 タレイランはティルジットで起きたこと全てについて「憤慨した」(p316)という。特にプロイセンのルイーゼ王妃に対するナポレオンの対応については腹に据えかねていたようで、例えば「こんな貧弱な手段しか使えないのに、何だってまた私に対して厚かましくも戦争しようとしたんだ」というナポレオンからプロイセン王妃への質問について、タレイランは「残酷(brutale)な問い」と厳しい評価を下している。
 ルイーゼ王妃は「私がここに来なければならないことを悲しんでいるのは私とあなただけです」とタレイランに向かって言ったらしい。別にその言葉を鵜呑みにしたわけでもないだろうが、女好きな外務大臣にとってきっと美人の王妃は有頂天な征服者よりも魅力的だったんだろう。
 ちなみに少し先走ってしまうが、この翌年エルフルトで行われた会議において、タレイランは明白に反ボナパルト的な発言をしたとされている。メッテルニヒの回想録"https://books.google.co.jp/books?id=PuwBAAAAYAAJ"に書かれている記述を信じるなら、彼は会議の場に現れたアレクサンドル皇帝に対して以下のように述べた。

「陛下、ここで何をなされているのですか? 欧州を救えるのはあなただけで、そのためにはナポレオンと戦うしかありません。フランスの人民は文明化されていますが、君主はされていません。ロシアの君主は文明化されており、その人民はされていません。ですからロシアの君主はフランスの人民と手を組むべきなのです」
p254

 独裁者の部下でありながら本当にこんなことを言っていたのだとしたら、大した度胸の持ち主である。

 あとジュノーとミュラについても触れておこう。彼らの話の元ネタとなっているのはルゥルゥことジュノー夫人の回想録"https://books.google.co.jp/books?id=6roPAAAAQAAJ"である。当時、ジュノーはパリ知事の任にあり、ポーランド遠征には加わっていなかった。そしてベルク大公夫人だったカロリーヌはパリの社交界で目立つ立場にあったという。
 舞踏会などで触れる機会の多かった両者は急速に接近した。カロリーヌの誘惑はあっさりとジュノーを虜にしたようで、「彼はベルク大公夫人に対する熱狂的な恋に落ちた」("https://books.google.co.jp/books?id=tIJCskfe_DkC" p322)。基本的に彼女の回想録はあまり信用できないとされているが、ジュノー家の家庭内事情に関しては彼女ほど詳しく知り得る立場にあった人物はいない。もちろん正直に事実を話している保証はないが、家庭の恥に当たることをわざわざ言及するメリットがあまりないことまで踏まえるなら、この逸話はある程度、事実を反映しているのだろう。
 1807年7月末にナポレオンがパリへ帰還すると、ジュノー家は嵐に巻き込まれた。ナポレオンから不品行を咎められたジュノーは当初、カロリーヌとの関係を否定しようとした。だがナポレオンは「なぜ劇場で同じボックス席にいたのか? なぜ彼女はお前の馬車でそこへ向かったのか? ムッシュ・ジュノー! 私がお前とあのおばかなミュラ夫人の事情をよく知っているのに驚いたか」("https://books.google.co.jp/books?id=6roPAAAAQAAJ" p185)とジュノーを問い詰めた。
 以後もこのメロドラマに関するシーンをジュノー夫人は長々と回想録に書き記している。ナポレオンが突きつけた証拠の前にジュノーは一度沈黙するのだが、その後でもしミュラが決闘を挑んでくるならピストルで戦うつもりだと述べ、さらにナポレオンに告げ口したS氏(おそらくサヴァリー)との決闘まで示唆する。ナポレオンは「Sともミュラとも争いを起こすな」(p196)と命じ、この問題を秘密裏に終わらせることにしたようだ。何といっても妹の不品行であり、皇帝としても表ざたにしたくはなかったのだろう。
 ジュノーはその直後、ジロンド県の監視軍指揮官に任命されパリから離れることになる。島流しになるのですかと問いただしたジュノーに対し、ナポレオンは「お前は罪を犯してはいないが、失敗をしでかした」(p244-245)と話したという。このジロンド監視軍は年内にイベリア半島へ向かい、ポルトガルへの侵攻を行うことになっており、要するにジュノーをフランスから遠ざけることがここで決まったわけだ。後に彼はポルトガルでアーサー・ウェレズリーの本格デビューに直面することになる。

 漫画の方もこれからイベリア半島に舞台が移っていくものと予想される。当然、スペイン王カルロス4世"http://es.wikipedia.org/wiki/Carlos_IV_de_Espa%C3%B1a"、その妻マリア・ルイサ"http://es.wikipedia.org/wiki/Mar%C3%ADa_Luisa_de_Parma"、王の寵臣で王妃の愛人だった平和公ゴドイ"http://es.wikipedia.org/wiki/Manuel_Godoy"、父親との仲の悪さで有名だったフェルナンド王子"http://es.wikipedia.org/wiki/Fernando_VII_de_Espa%C3%B1a"といった面々が顔を出してくることだろう。いよいよグダグダ感が増し、ナポレオン体制の翳りが強まってくる局面だが、さて作者はどんな風に描くつもりだろうか。
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