インフレ評価

 日本にピケティが来たのに伴い、妙に盛り上がっているのがアベノミクスとの関連議論。ピケティがアベノミクスを「正しいと言っている」"http://www.nikkei.com/article/DGXLASDF19H05_Z11C14A2SHA000/"という説と、「間違いだと言っている」"http://toyokeizai.net/articles/-/58906"説の両方がなぜか出回っているのだ。ほぼ正反対の主張を行いながら、両者とも自分たちのピケティ解釈こそが正しいと空中戦を繰り広げている。そしてそうやって議論している者の中に、インタビューではなくピケティ本"http://www.msz.co.jp/book/detail/07876.html"から直に引用する人がほとんど見当たらない点も共通している。やはりあれは誰も読まないベストセラーなんだろうか。
 みんな、ちゃんとソースに当たろうぜ。というわけでピケティ本から金融政策について触れている部分を紹介しよう。日本語訳p572-575に「インフレは富を再分配するか?」という文章がある。これを読めば答えは一発だ。後は本を買って読んでくれ。以上。
 …だけだとさすがに無愛想すぎる。かといって丸写しするわけにもいかない。取りあえず恣意的にならないよう努力しながらピケティの指摘を紹介しよう。まずピケティは資本課税以外に「もうひとつ考えられる選択肢としてインフレがある」と言及。この解決策が魅力的であり、実際に歴史上何度も採用されてきたこと、逆にインフレに頼らず税金で財政赤字を埋めた19世紀英国は教育より利払いに金を使った拙い例であったことを指摘している。
 一方でピケティはインフレを「累進資本税の代替としてきわめて不完全」とし、望ましからぬ副作用が起きる可能性もあると話す。インフレが遊休資本に対する課税であり、動的な資本を奨励するといった利点があることも認めているが、結局のところ「インフレはかなり粗雑で厳密さに欠くツール」であり、理想的な富の再配分のツールという見方は「馬鹿げている」。予想外の結果をもたらす可能性があるインフレよりも「累進資本税の方が一般に(中略)よいツールなのだ」。
 つまり翻訳者のまとめ"http://cruel.org/candybox/pikettyjapaneseFAQ.pdf"にある「インフレの役割は(あれこれケチをつけつつ)評価されている」(p5)というのがピケティのスタンスだと見ていいだろう。逆に言うならインフレ策を否定はしていないが、あくまで次善の策であり累進資本税の方が望ましい、というのがピケティの基本的考えだろうし、日本の政策に対しても同じ事を言っていると見ていいんじゃなかろうか。
 翻訳者はさらにパワポのアンチョコ"http://cruel.org/books/capital21c/APPikettylecture.pdf"でアベノミクスとピケティについて簡単にまとめている(p31-32)ので、それを参照するのもいいだろう。いずれにせよネット上で「アベノミクスを否定している」「いや肯定している」と議論している人たちは、どちらも一方的な見方しかしていないわけで、要するにピケティを読んでいないのだろう。
 それより問題なのは、この議論をする人の大半が「アベノミクス=金融政策」と見なしていること。どうやら現在、日本の経済政策には第1の矢しかないらしい。第2の矢(公共事業)や第3の矢(成長戦略)を話題にしないところを見ると、まるで財政政策や成長促進策に効果があると思っている人が存在しないかのようだ。ならばいっそアベノミクスではなく「クロダノミクス」と呼んだ方がいいんじゃなかろうか。

 翻訳者はピケティ関連の書籍や雑誌についてもいろいろと批評している。その中には東洋経済の特集に関する指摘"http://d.hatena.ne.jp/wlj-Friday/20150128/1422419040"もある。特にアセモグルによるピケティ批判に対する翻訳者の疑問点については私も同感。ピケティは税制という制度の及ぼす影響度をかなり強調していると思うんだが、どうしてアセモグルは「制度についての考察がない」などと思ったんだろうか。
 同じ特集でまた面白かったのは、翻訳者も述べている「r>gについて、かなり深い分析と、経済学におけるこれまでの分配の扱いについて」記している部分。東洋経済はr>gをもたらす要因として機械化の他に経済の金融化を挙げている。金融資産を膨らませ、両建てでレバレッジをかけることで、高いrを確保し続けることが可能ではないか、との考えだ。もちろん借り入れ金利が安いことが条件となるし、また全ての資本の持ち主がレバレッジをかけるようになればその効果はなくなるはずだが、多額の資本を持つ者たちほどこうした大胆な投資がしやすい現状を考えれば確かに一理ある。
 もう一つ、これも著者が有益だとしているのが日本の格差に関する話。ピケティは上位1%や0.01%といったトップクラスの富裕層が一段と儲けている点を指摘している(主に米国の現状を反映したものだろう)が、日本に関して東洋経済が指摘するのはむしろ上位5%、そして下位90%の人々が置かれている対照的な状況だ。The World Top Income Database"http://topincomes.parisschoolofeconomics.eu/"で調べると上位5%の所得シェアが1992年の20.58%から2010年には25.98%まで伸びているのに対し、下位90%は同期間に67.687%から59.50%まで低下した。
 日本の上位1%(所得1279万円以上)は上場大企業の管理職クラス、上位5%(750万円以上)は大企業正社員に相当する。彼らの所得シェアは1990年頃からずっと右肩上がりとなっている。上位0.01%よりもその増加幅は目立つくらいだ。一方、所得下位90%はシェアどころか所得の絶対値自体が90年代から減少を続けている("http://d.hatena.ne.jp/SPYBOY/20150105/1420462870"も参照)。同じ期間の消費者物価指数はほぼ横ばい"http://ecodb.net/country/JP/imf_cpi.html"であり、日本の格差問題では文字通り「貧困」へと転落する下位90%をどう助けるかが課題となっているのが分かる。
 ちなみに所得絶対額(キャピタルゲイン含む)で見れば上位5%も全然増えていない。いや、上位1%でも、0.1%でも、さらには0.01%で見ても、80年代末のバブル期を超えたものは存在しない。相対的に上位0.01%がマシだという傾向はあるが、所得上位が急激に金額を増やしている米国とはかなり様相が異なることは否定できないだろう。課題はやはり所得上位より下位にあるように見える。
 その意味では雇用の増加、失業率の改善という足元の傾向は評価に値する。もちろん、雇用の内容で非正規が増える一方、正規雇用はむしろ減っているとの指摘はあるだろう("http://www.stat.go.jp/data/roudou/sokuhou/nen/ft/pdf/index.pdf" p9)。高齢者の非正規雇用が増えているだけで、それ以外の世代ではそんなに非正規は増えていないとの主張もあるが、数字を見る限り2014年時点で新卒社員の世代である15~24歳の男を除けば全ての世代&性別で非正規の比率は前年より高まっている"http://www2.ttcn.ne.jp/honkawa/3250.html"。
 それでも仕事がないよりはマシ、であることは確かだ。後はいかに仕事を安定させるか、あるいは安定が難しいならせめて賃金を上げられるかどうかが問われるのだろう。ピケティも賃金上昇には肯定的"http://www.nikkei.com/article/DGXLASFS29H4M_Z20C15A1EE8000/"なようだし。

 最後に翻訳者のアンチョコ"http://cruel.org/books/capital21c/APPikettylecture.pdf"で1つ気になったところを。翻訳者は「全人類で見た格差は減っている」(p35)と断言しているのだが、それならOECDのレポートにあるジニ係数の推移"http://asset.keepeek-cache.com/medias/domain21/_pdf/media1807/283288-jq1lpqnbvf/large/11.jpg"はどう解釈するんだろう。これを見る限り、世界の格差(World Gini)は国内格差とは逆に、むしろ19世紀より20世紀以降の方が大きくなっているんだけど。
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