お手軽批判の実態

 前にピケティの話に触れたことがある"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/54845834.html"が、その著作の日本語訳がいよいよ12月に出版予定となった"http://www.msz.co.jp/book/detail/07876.html"。で、それに先駆けて翻訳者がピケティ自身による著作説明スライドの翻訳も行っている"http://d.hatena.ne.jp/wlj-Friday/20141009"。
 スライド"http://cruel.org/books/capital21c/Piketty2014Capital21cJapanese.pdf"のp6には、内容に関する3つのポイントとして(1)世襲社会への回帰(2)富の集中の未来(3)アメリカの格差――に触れていることを明らかにしている。旧世界(西欧や日本)で見られる傾向として資産が所得に比べて比率が高まっていること、その流れが続けば富の独占が過去の時代の水準すら超えかねないこと、アメリカでは異なる格差が生じているが、それは本当に能力主義的なのか疑問があること、などを説明している。
 またピケティは書籍の主張を裏付けるためのサポートサイト"http://piketty.pse.ens.fr/en/capital21c2"を公開している。翻訳者はこのサイトについても日本語訳を作成し、β版として公開した"http://cruel.org/books/capital21c/"。おそらく重要なのは図表セット"http://cruel.org/books/capital21c/figurestables.html"及び補遺図表"http://cruel.org/books/capital21c/suppfigurestables.html"の部分だろう。実に労作である。
 
 で、最近になって前FRB議長のバーナンキがピケティを「なで斬り」にしたようだ。バーナンキは「『米国ではむしろ所得の格差が大きな問題だ』と語り、著書[ピケティ]はこの点をきちんと分析していないと批判」"http://www.nikkei.com/markets/column/ws.aspx?g=DGXLMSFK09H18_09102014000000"したという。しかし少なくともピケティのスライドを見る限り、彼は米国の所得格差についてきちんと言及している(p39-43)。翻訳者"http://d.hatena.ne.jp/wlj-Friday/20141011/1413008960"もバーナンキの批判に対し、彼が言っている(と記事で伝えられている)ようなことはピケティはきちんと書いているよ、とツッコミを入れている。記事をまとめた側が信用できないか、あるいは「本当にバーナンキがいい加減にしか読んでいない可能性もかなりある」ようだ。
 他にこちらの記事"http://blog.goo.ne.jp/pineapplehank/e/510bcf7101d9ea69ae3dd37be9d1712c"で紹介されている経済学者たちの批判に対しても「そんなすぐに思いつくような論点は十分にカバーされている」と切り返し、「あまりに流し読みか孫引きすぎる」と指摘している。そのうえでピケティ本に対しては「パッと見の思いつきだけで批判めいたことは言わないほうが万人にとって吉」としている。Excelを使っているからダメという指摘に対しても「十把一絡げの揚げ足取り」でしかなく、具体的に間違っているところを見つけた方が生産的だという。
 要するに批判側の中身がいい加減すぎるから、お前ら真面目にやれと言っているわけだ。真面目にやらないと「しっぺ返しがくる」というタイプの本なのだろう。実際に真面目に本を読み、公開サイトや説明用のスライドまで翻訳した訳者だからこそ、流し読みや孫引きで適当なことを言っている連中が目に余ったのだと思われる。逆に言えば経済学者の中でも著名な人物たちの一部に、そういういい加減な発言を軽々に述べる連中が一定数いることが明らかになったとも言える。
 海外でも同じ批判が出ている。最近、こういうアンケート調査"http://www.igmchicago.org/igm-economic-experts-panel/poll-results?SurveyID=SV_5v7Rxbk8Z3k3F2t"が行われたのだが、この調査、そもそも質問項目がおかしい。日本語版翻訳者も書いているが、ピケティは現在の不平等の原因がr>gに由来する、と述べてはいない。あくまでr>gが続けば不平等がさらに拡大・固定すると言っているだけだ。にもかかわらず、質問項目では1970年代からの米国の不平等拡大が「税引き後の資本利益と経済成長の間に存在するギャップによるものか」となっている。まともな回答者なら「ピケティはそんなこと言っていない」として回答を避けるか意見なしとしてもおかしくない状況だ。
 だがこの変な質問に多くのエコノミストが「不同意」と回答した。それを見て「そもそもエコノミストはピケティの本を読んでいないんじゃないのか」と皮肉たっぷりに書かれた記事も出てきた"http://www.washingtonpost.com/blogs/wonkblog/wp/2014/10/15/top-economists-say-piketty-is-wrong-about-wealth-inequality-they-misunderstood-him/"。一応、こちらの記事"http://www.nytimes.com/2014/10/17/upshot/have-economists-actually-read-thomas-piketty-they-say-they-have.html"によれば55%のエコノミストはピケティ本を読んだと主張しているらしいが、さてどこまで本当なんだろう。
 他に海外で行われているピケティ批判を日本語に訳したものを思い浮かべても、翻訳者が言うような「生産的」な議論が行われたのはFTによるデータ批判くらいしか見た記憶がない。クルーグマンによると"http://krugman.blogs.nytimes.com/2014/05/30/thomas-doubting-refuted"、FTの批判は聞き取り調査の結果と税務データを並べて比較しているため無理があるそうだが、それでもきちんとデータで議論しているだけましだ。他は上のアンケートのように読まずに批判しているとしか思えないものが目立つ。本来なら新聞記者ではなく経済学者こそ真っ先にデータの不備を探し、指摘すべきなのに、そうした話が聞こえてこないのはなぜだろうか。
 
 ナポレオン関連の様々な文献や本を読んでいて感じることだが、著名人の中にはかなりいい加減な内容を平気で述べる人が一定数いる。ろくに確認せず、思い込みや偏見、あるいは流し読みとか孫引きで済ませるタイプの人間だ。ただし彼らにもおそらく同情の余地はある。著名人はあちこちから引っ張りだこになりやすく、インプットの時間が限られる一方でアウトプットだけはたくさん要求される。だから孫引きや流し読みだけで安易に語ってしまうケースが増える。少ないインプットで多くのアウトプットを出すという行動原理に従えば、それが合理的な対応だからだ。
 もちろん著名人が全員そうだというつもりはない。ピケティ本の翻訳者も著名人だが、今回はきちんとインプットをしたうえで議論している。ただしそうした議論はあまり大勢の人まで届かないことがある。読者の側が単純で扇情的な説明に満足してしまい、より詳しい情報を取りに行こうとしなければそうなってしまう。ただしこれもまた読者にしてみれば合理的な対応。より正確な情報を入手する作業にはコストがかかる。コストをかけてでも欲しい情報ならともかく、それほど関心がなかったり、関心があってもコストをかける気がなければ、間違った情報に飛びついて終わることもあるだろう。
 つまりピケティを巡る議論もまた、ミームの生存競争合戦になっているってことだ。内容の正確さより人口に膾炙しやすい見解の方が広まり、受け入れられ、それが事実だと思われる。人間社会で繰り返し見られてきた現象だ。逆に言えば、正確な情報を調べて事実を把握することができれば、事実の把握すら覚束ない他人(含む著名人)より優位に立てる可能性があるってことでもある。そのためにもまずはピケティをきちんと読むことが必要だろう。
 なおピケティ関連ではThe World Top Incomes Database"http://topincomes.parisschoolofeconomics.eu/"なるサイトも存在する。税関連のデータを使って収入の偏りを見られるのが特徴だ。ただし例の本と直接は関係しないためか、日本語訳は作られていないようだ。
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