「戦争の本質と軍事力の諸相」石津朋之編
2年前の本だがネットで高い評価がなされていたのと、何よりマーチン・ファン・クレフェルトの論文が収められているのが理由で購入した。結論から言うと評価は微妙である。
まずクレフェルトの論文だが、正直短すぎる。結論についてはそうかもしれないと思う反面、その説明が十分になされていないという印象が強い。何より非国家組織が国家を相手に遂行する準通常戦争が有用である理由について、もっと具体例を挙げて説明してほしかった。士気の問題というのは軍隊だけでなく国家全体の士気なのだと思うが、そのあたりを知りたかったところだ。
他の論文に関して言うと、まず読んでいて引っかかる部分が多かったのが最初の「戦争の起源と本質をめぐる試論」。歴史学について述べたところで具体的な論を一つも紹介せずに「歴史とは優れて解釈の問題であることを歴史家自身が見落としている」と断言するのはあまりに乱暴だ。おまけにその直後に「ヒストリー(歴史)はストーリー(物語)であるといわれる」などという駄洒落レベルの言説まで登場する。議論の展開が極めて説得力に乏しい。
その後で心理学について述べる部分もどうだろうか。フロイトの議論をそのまま紹介して「憎悪にかられ、相手を絶滅させようとする欲求が人類には本能的に備わっていると考えられる」などと書いているが、歴史学よりよほど根拠に乏しいフロイトの理論をそのまま出した時点でさらに違和感が募るだけだ。
もっと問題なのは動物行動学の例としてローレンツと、そしてよりによってマーガレット・ミードを取り上げている点。動物行動学ならせめてウィルソンとかドーキンスくらい新しい学者を出せよと言いたくなるし、小娘どもに騙されてデタラメなフィールドワークをやったミードなど取り上げるだけ信頼性が失われる要因にしかならない。著者は本当にオックスフォード大にいたのだろうか?
そうやって色々と否定を積み重ねた挙句に出てくるのがトゥーキュディデースの「三要素」なるものなのだが、ここでもなぜか途中に「マクベス」や「地獄の黙示録」などといったフィクションが登場して議論の胡散臭さに花を添えている。嘘八百であるフィクションが「『恐怖』と戦争生起及び戦争そのものの関係を鮮明に描写している」などと言われても、ああこの人は映画ワーテルローを下敷きに歴史本を書いた柘植某と同じなんだなという感想しか思い浮かばない。
以上、最初の長い論文があまりにアレだったもので本自体の評価も下がってしまったが、それ以外の論文はそんなに悪くない。たとえば「政軍関係の過去と将来」はきちんと歴史を踏まえた面白い話だったし、説得力もある。軍が国内政治に大きな影響を及ぼしたのは、時代的な背景があったからこそという話はそうだと思うし、現代において「軍人は極めて実利的な職業人となっている」との指摘も納得できる。
また、「戦闘空間の外延的拡大と軍事力の変遷」はある意味この本のテーマを網羅した一論文で、これを読めば全体の概要がつかめるという「お得」な文章だ。歴史的に軍事力というものがどのように変化し、現在はどこへ向かおうとしているかが簡単に示されているので、頭を整理するのにも適している。
そして「『軍事革命』と『軍事上の革命』のあいだ――歴史研究の視点から」という論文。ここではナポレオン戦争期を「軍事革命の名にふさわしい事例」として紹介しているので、ここでもチェックを入れてみよう。
といっても書かれている内容は一般に言われていることが大半。要塞をめぐる位置取り戦争だった「王朝間戦争」がナポレオン時代には機動戦になったこと、策源地に依存していた補給が現地調達に変ったこと、その背景には王朝間戦争時代の傭兵軍が国民軍になったことがあり、それはまさに革命という社会変革が原因だった。政治・社会構造の変化が最終的に軍事革命につながった、という議論だ。
広く唱えられている論であり、それなりに論拠もあるのだろうが、一方で疑問もある。たとえは王朝間戦争では「現地調達など論外であった」との説。同じ本に論文を寄せているクレフェルトが聞いたら嘆くぞ。彼が「補給戦」で指摘したのは、王朝間戦争期から現地調達は軍の基本的行動だったという点だ。クレフェルトによれば、むしろナポレオンこそ本格的補給体制の構築を試みた最初の将軍ということになる。
機動戦についてもしかり。著者は革命によって「犠牲を厭わない兵士が登場」し、それによって決戦と機動が可能になったと書いているが、クレフェルトが言ったのは兵力数の増加が要塞を無力化したという説だ。兵士の資質ではなく数こそが要因だったのである。他にも散兵の例としてアメリカ独立戦争を紹介しているが、散兵戦術自体は1740年代から欧州で(それも典型的王朝国家であるオーストリア軍内で)見られた。
要するに一般向け概説書でよく紹介されているが、実態はどうかなという微妙な議論を元に「ナポレオン戦争は軍事革命だった」という論を展開しているのだ。もちろん著者の言う「兵士一人当たりの単価が驚くほど安くなった」のは確かだろうが、全体としてはツッコミ不足というか、わざわざ「歴史研究の視点から」と銘打った割には歴史を研究してねえなというか、そういう印象を受ける。
総体として面白いものもあったがつまらんものもあったというのが結論。値段を見た上で評価すると……いかん、このところ洋書の古書ばかり買っていたのでとても安く見えてしまう。
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