中世戦争技術

 半島戦争の本で有名なOman"http://www.napoleon.org/en/reading_room/articles/files/nappages_oman_peninsular.asp"は中世の戦争に関する本も書いている。詳細に書かれた本としてはA history of the art of war"https://archive.org/details/historyofartofw00oman"があり、簡潔に書かれた本としてはThe Art of War in the Middle Ages"https://archive.org/details/artwarinmiddlea00omangoog"がある。そして後者については日本語訳を掲載しているblog"http://trushnote.exblog.jp/14764739/"もある。
 後者を読むとOmanの分析の主題が、中世を飾った重騎兵の繁栄と没落を描き出すことにあるのが分かる。逆に言えば中世とは歩兵の没落で始まり、その復活で終わったというのがOmanの指摘だ。ローマの軍事を象徴するレギオン(軍団)という言葉が5世紀を過ぎると使われなくなり、中世初期に「ローマ歩兵の堕落傾向と指揮官達による一貫した歩兵の軽視」"http://trushnote.exblog.jp/14764755/"が進んだというのが彼の主張である。
 歩兵が没落した理由についてOmanは、敵の武装がかつてより強化されたこと、蛮族の編入など部隊の同質性が失われたことによる「自信と団結力」の喪失、そして「ローマ人が騎兵を重歩兵の戦列の強固さで防ぐことを止め(中略)より効果的に騎兵を阻止できる、射撃兵器の使用に意識を向けるようになった」点などを挙げている。一方で弱体化した歩兵を支えるために騎兵の存在感が増した。アドリアノープルの戦いで重騎兵が決定的な役割を果たしたことも、こうした傾向を強めたとしている。
 以後、中世前半を通じ騎兵の役割は拡大していく。Omanによれば中世騎兵の絶頂期は11~14世紀だ。ただしこの時期は戦略と戦術については「全くの停滞の時代」"http://trushnote.exblog.jp/14817243/"。封建領主たちで構成される騎兵はまともに指揮をすることが困難だったため、「騎兵全軍を三分し、敵に向かって突進」するくらいしか戦い方が存在しなかったようだ。フス戦争の漫画"http://seiga.nicovideo.jp/comic/6131"で描かれていた、皇帝率いる封建諸侯軍の軍規不在のような現象が存在したというわけだ。
 この中世騎兵に挑戦した兵科が2種類あった。1つはスイスのパイク兵。彼らは軽装で素早く動き、鈍重な封建騎兵を次々と打ち破った。初期の銃兵もそれに付随していたが、あくまで散兵としての役割に留まった"http://trushnote.exblog.jp/14841019/"。もう1つは英国の長弓兵。百年戦争における英国軍の一連の勝利がその分かりやすい例だ。密集した騎兵の集団に対し遠方から一方的に攻撃を仕掛けることで、彼らは騎兵を圧倒した"http://trushnote.exblog.jp/14857210/"。
 以上に加えて目立つのは、Omanが中世の歴史を大きく西欧、東欧に分けて叙述している点だろう。導入部である第1章はともかく、第2章と第5、第6章は西欧に、第3章と第7章は東欧に特化した話が書かれている。その方がまとめやすいと思ったのだろうが、図らずもChaseの唱えたOuter ZoneとInner Zoneに分けた著述になっているところは面白い。「西方で戦争が単なる力任せの格闘にとどまっていた数世紀の間、東方では技術として戦争を学んでいた」"http://trushnote.exblog.jp/14800849/"と指摘しているように、東欧の戦争に対する評価の高さも目立つが、記述量では圧倒的に西欧が多い。
 
 Omanの本は中世の戦場を概観するにはいい本だろう。いささか西の方に比重が偏りすぎている点は問題かもしれないが、そもそもInner ZoneとOuter Zoneを一まとめにすること自体に無理があるのだと思えば、西に重点を置く書き方もありだろう。かなり特殊な兵種であり、活躍も限られた時期に留まった長弓兵についてここまで長々と描き出したのはさすがにバランスが悪すぎるが、このあたりは英国人が英国の読者向けに書いた本ならではだろう。
 だが彼の本を見ても全く分からないところがある。例えば中世の兵が戦いに至る前にどのように編成されたのかという点だ。要するに、前に書いた領主別編成と兵種別編成の話"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/54538081.html"。封建諸侯たちは国王に義務を果たすよう求められた時にどのように部隊を集めたのだろうか。諸侯たちの軍勢が集結した時点で、国王はどのように「全軍を三分」したのか。行軍時と戦闘時の編成は同じだったのか違ったのか。封建騎士に付随していた歩兵たちはどう編成されどのように配置されたのか。そういった点がはっきりしない。
 騎兵や歩兵といった兵科の強弱についても、戦場で目に見える部分についての記述にとどまっている。騎兵や歩兵の武装、構成員の同質性や異質性、西欧ではシンプル、東欧ではより複雑だった兵科を生かした戦術のあり方など、会戦当日の状況については分かる。でも背景となる政治的、社会的、経済的要因については全く踏み込んでおらず、戦場の軍という氷山の頂点を支えていた水面下の事情は全然見えないままだ。
 19世紀に書かれた本だと思えば、多言語の史料を縦横に駆使してまとめられた良書だと言えるだろう。ただ私がこの本に期待していたのは、もっと大きな戦争の流れ、近代以降の戦争につながる全般的傾向を掴むうえで参考になる記述だ。残念ながらそうしたものは見当たらず、もっと細かい表面的なことについて書かれた部分が多かった。
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