某書評関連

 歴史関係の色々な本を紹介しているblogでナポレオンの話が出ていた"http://kousyou.cc/archives/8637"のでざっと目を通してみた。で気になったところをいくつか。
 
「フランスにおける社会的地位の引き上げ政策とイタリア・ドイツ・ポーランドにおける土地贈与とのあいだにはどのような連関があったのか」
 
 ポンテ=コルヴォ公とかヌシャテル公の名前が真っ先に思い浮かぶが、それ以外にもたとえばダヴーがポーランドに広大な土地を与えられている"http://www.napoleonicsociety.com/english/scholarship97/c_davout.html"。また、前にも書いたが衛星国家はナポレオンの財政を支える大きな役目を与えられていた"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/52912644.html"。衛星国家がナポレオン体制において必要不可欠なものになっていたのはおそらく事実だろう。
 
「平均二万人から三万人の『軍団としては小さいが機動力のあるものとしては比較的大きい』(P125)自己完結性の強い戦闘集団を創設し、その長を元帥とした」
 
 その「平均二万人から三万人の自己完結性の強い戦闘集団」、つまりcorps d'armée"http://fr.wikipedia.org/wiki/Corps_d%27arm%C3%A9e"には、一般的には「軍団」という訳語が当てられる。おそらく原文は「軍団としては小さい」ではなく「軍armyとしては小さい」だったんだろう。翻訳者はすべての分野に精通しているわけではないから、軍事用語のように一般的に知られていないものではこういう事態も結構生じる。
 
「元帥だけで一分隊~小隊が作れる程度に元帥号を乱発した」
 
 元帥の数だけならブルボン家にはナポレオン以上に多くの元帥を作った国王がいる"http://fr.wikipedia.org/wiki/Mar%C3%A9chal_de_France"。在位期間が異なるから単純比較はできないとはいえ、ナポレオン以前からフランスが元帥量産の時代になっていたことは踏まえる必要があるだろう。
 
「『それぞれ自身の責任において戦役を遂行せざるをえなくなったとき、彼らのほとんどが技能と判断力に欠けていることが明らかになった』(P127)」
 
 否定できる材料が少ない指摘。ジョミニも似たようなことを言っている"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/48965614.html"。
 
「また自在に動かすことができる散兵を組織して、戦場で柔軟に火力の集中を行うことが可能となった」
 
 ナポレオンの、というかフランス革命後のフランス軍の勝因を質的なものに求めることについては異議を唱えたい。そもそも散兵は革命前、18世紀半ばの時点から欧州の戦場で使われていた("http://books.google.co.jp/books?id=8cmEAAAAIAAJ" p42)。軍事革命について本を書いているジェフリー・パーカー"http://books.google.co.jp/books?id=cIFiNRH3oWsC"によると、ハプスブルク家の軽歩兵による散兵戦術の効果を見て18世紀後半には50冊もの関連本が出版されたという(p150)。なのに革命期になってフランス以外の国々が散兵を組織していないことはあり得るだろうか。フランス軍の勝因は絶対王制時代より大幅に増えた動員能力と、それに伴う戦場への大軍の投入にあると見るべきだろう。
 
「さらに帝政期にはフランス各地での山賊行為や暴力犯罪の増加が顕著で、脱走兵や徴兵忌避者の活動、さらには規律の緩んだ兵士など徴兵制の影響が研究されている」
 
 私が読んだ下セーヌ県の研究ではむしろ帝政期の方が治安は安定している("http://www.napoleon-series.org/reviews/general/c_daly.html"参照)。ひどい状態にあったのはその前の革命期だ。ナポレオンの政治体制がある程度の支持を受けたのは、彼が内政を安定させたことが背景にあるというのが私の認識。
 
 この本"http://books.google.co.jp/books?id=K4R5PgAACAAJ"は日本語訳が出版されたのが6年前、原著"http://books.google.co.jp/books?id=ZMdpQgAACAAJ"になると11年前である。この本で「まだ研究途上」とされていた分野がどこまで分析されているのか、そうした話も知りたいところだ。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

トラックバック