だが「ヒトラーがキイパーソンになってから、英語で『ボヘミアの伍長』という蔑称が生まれたのではないか」「それが、ドイツに逆輸入されたのではないか」という主張については、正直裏づけは発見できなかった。というかむしろ逆の結果になった。
上に紹介したLiberty or Equalityでは「ヒンデンブルクは繰り返しヒトラーについてböhmische Gefreiteと言及していた」(p362)と記している。そしてそのソースとして示しているのが1934年にチューリヒで出版されたKonrad HeidenのDie geschichte des nationalsozialismus bis hebst 1933"
http://books.google.co.jp/books?id=FVobAAAAMAAJ"だ。確かに同書p78にはböhmischen Gefreitenの文字がある。
もっと重要なのは同じ年にパリで出版されたWeissbuch über die Erschiessungen des 30. Juni"
http://books.google.co.jp/books?id=CJrRAAAAMAAJ"である。そこにはシュライヒャー将軍とマイスナーの前で大統領(ヒンデンブルク)が「プロイセンの将軍として名誉にかけて君に約束しよう。この"böhmischen Gefreiten"は決してドイツ首相にならない!」と語ったことが記されている(p103)。ヒンデンブルクからこう言われた人物は、おそらくナチ左派のグレゴール・シュトラッサーだ(後述)。
それに対し、英語の"bohemian corporal"がヒトラーを指して使われた事例として最も古いのは、私がgoogle booksで探した限り1935年にならないと見つからない。1つはA history of national socialism"
http://books.google.co.jp/books?id=O187AAAAMAAJ"(p194)だが、これは見ての通りHeiden本の英訳である。またHindenburg and the Saga of the German Revolution"
http://books.google.co.jp/books?id=-qEqAQAAMAAJ"(p312)という本も同年に出版されているが、これまたEmil Ludwigが同年に出版したドイツ語本の英訳だ。
そもそも1930年代に出版された英語本の中ですら、"böhmischen Gefreiten"がヒンデンブルクの言葉だと明言しているものがある。Poison in the air"
http://books.google.co.jp/books?id=7GTPAAAAMAAJ"に「ヒンデンブルクがヒトラーを『ボヘミアの伍長』と呼び習わしていることは、誰もが知っていた」(p224)と書かれているのがそれだ。
ヒンデンブルクがそう話したのをシュトラッサーが聞いている、と証言しているのはグレゴールの弟オットー・シュトラッサー。彼が書いた回想録Mein Kampf"
http://books.google.co.jp/books?id=1C8fAAAAMAAJ"(何ちゅう題名や)には、ヒンデンブルクが"böhmischen Gefreiten"という言葉を口にしていたことが言及されている(p77など)。回想録をそのまま信じるのは拙いが、この件については1930年代に出版された文献を裏付ける格好になっているため、信頼度はより高いだろう。
つまり先にドイツ語の"böhmischen Gefreiten"があり、それが英語に輸入されて(同時に誤訳されて)"bohemian corporal"になったと考える方が辻褄が合うのだ。そうではなく英語からドイツ語に逆輸入されたと主張したいのなら、ヒトラーに対してbohemian corporalという言葉が使われたもっと古い例を探し出して提示する必要がある。
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