ウルバイラテリア

 亡くなった人についてどうこう言うのは控えた方がいいかと思っていたんだが、こちら"http://togetter.com/li/702965"を読んでびっくりしたので言及する(こちら"http://ggsoku.com/tech/requiescat-in-pace-yoshiki-sasai/"にも詳しく書かれている)。特に脊椎動物と節足動物の背腹形成に関する分析から「両者共通の祖先の体制Urbilateriaを提唱した」件は、どこかで目にしたことがあった(グールドだったかもしれない)だけに驚愕した。
 脊椎動物と節足動物が、背中と腹、つまり天地をひっくり返したような存在であるとの指摘は、最初に読んだときに強い印象を受けた説だ。簡単な説明はこちら"http://www.brh.co.jp/seimeishi/journal/042/research_21.html"にあるし、クモを使った研究についてもこちら"https://www.brh.co.jp/seimeishi/journal/050/research_41_2.html"に書かれている。
 節足動物が構造的には脊椎動物をupside downしたものであるとの指摘は既に19世紀初頭からあった"http://researchblogging.org/post-search/list?article=10.1038%2F380037a0&post_length=full"。それを動物の進化の中に位置づけた論文を笹井氏が出したのは1996年。まだ30代半ばの頃だ。36歳で京大教授になったのもむべなるかな。
 ちなみに節足動物と脊椎動物のどちらがupside downしたのか私には断言できないが、よりシンプルな構造を維持しているのが脊椎動物であるのを見る限り、おそらく節足動物の方が途中で背中と腹をひっくり返したのだろう。そうすることにどんな利益があったのかまでは分からないが、進化の歴史を考えるうえではとても興味深い指摘だ。
 一方、気になるのは本人が「創発生物学への誘い」"https://www.yodosha.co.jp/jikkenigaku/emergence.html"なる連載を最近まで書いていたという点だ。中には「パラダイムシフト」なる副題もある。正直、創発とか自己組織化という言葉に対する私の見方はこちらの評者"http://d.hatena.ne.jp/wlj-Friday/20130312/1363053504"と同じ。もっともらしい言葉を使っているが「何の説明にもなっていない」としか思えないのだ。
 一時期、私自身も創発とか自己組織化関連の本を読んでみたことがある。でも今思い返しても、何も残っていない。ドーキンスの「利己的な遺伝子」なら今でも強く内容が記憶に残っているし実際の生物行動にも色々な場面で適用できそうに思える。だが自己組織化の本でそう思ったことは皆無だ。というかそもそも自己組織化の本は比喩ばかりで実際の生物行動とは無関係な記述ばかりだった。ドーキンスは比喩も上手く使うが、一方できちんと生物行動に基づいた説明もしている。創発やら自己組織化やらの概念に価値があるとは、全然思えない。
 
 もちろん、笹井氏の考えている創発生物学はもっと説得力のある概念かもしれない。たとえそうではなく、私の知っている創発や自己組織化と同じ概念に過ぎないとしても、笹井氏がこんなつまらない事件に絡んでこの世から消えてしまうには惜し過ぎる人材であることは間違いない。本人がSTAP細胞の可能性をどこまで本気で信じていたのかは分からないが、いずれにせよ残念な話だ。
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