西洋・東洋と社会発展 下

 承前。モリスの算出した指数を使ってもう少し遊んでみよう。まず興味深いのが、エネルギー獲得量に比べて組織化指数の方が変動が激しい点だ。例えば西洋だが、エネルギー獲得量の指数が最も大きく落ち込んだのは紀元後100年から700年までの期間で、下落率は19%に達する。一方、組織化指数は同じ期間に実に88%ものダウンを記録している。一方、東洋は西洋ほど極端な落ち込みは少なく、エネルギー獲得量指数が最も減ったのは紀元後1200年から1400年の7%弱。同期間の組織化指数の落ち込みは50%だ。
 西洋ではローマ帝国崩壊後の破綻、東洋ではモンゴルの侵攻時に生じたトラブルがこれらの現象の要因である。いずれも破綻前の同じエネルギー獲得量だった時期に比べ破綻後の都市人口は大きく落ち込んでいる。カタストロフは生活水準以上に組織力を過去へと押し戻してしまうのだろう。同じことは西洋における紀元前1200年から前1000年までのダウン(海の民が暴れまわった頃)、紀元後1300年から1400年までの小幅な落ち込み(黒死病)、そして東洋の紀元後100年から200年(後漢末の混乱期)にも当てはまる。都市ほどカタストロフに弱いとも言えるだろう。
 数値がより小さい戦争遂行力と情報技術では、落ち込みが生じても誤差レベルのケースが目立つ。それでも西洋では紀元前1200年からの混乱期、及びローマ末期以降はどちらの数値も後退した。東洋は少し異なり、情報技術は1度も後退していない。それに対して戦争遂行力は紀元前900年から前800年、紀元後100年から200年、同700年から800年、1400年から1500年、1700年から1800年に後退している(それぞれ西周、後漢、唐、明、清)。いずれも滅亡の時ではなくその前、安定の中で軍事力の衰退が進んでいる時期に当たるのが興味深い。明と清が滅亡前にいったん軍事力の復興を成し遂げたのは、前者においては朝鮮役、後者は西洋の進出という外的要因が理由だろう。
 
 次に東西の比較をしてみる。エネルギー獲得量は指数全体と同じ経緯を辿る。つまり農業が本格化した紀元前1万2000年以降は西洋がリードし、ローマ帝国崩壊後の紀元後600年に東洋に抜かれ、産業革命後の1800年に再び抜き返すという流れだ。
 一方、組織化という視点だと経過が少し異なる。確かに最初は西洋がリードするのだが、紀元前1100年の「踊り場」でいったん東洋が西洋と並ぶ。その後は再び西洋がリードするものの両者の差は小さく、紀元前200年にはもう1度追いつかれるのだ。ローマ全盛期には再び西洋がリードを広げるが、ローマ没落後にはまた差が縮まり、紀元後600年にはついに東洋が抜く。そして以降は(1900年を除き)ずっと東洋がリードを保っている。エネルギー獲得量に比べて東洋が上に来ることが多く、都市化においては東洋の方が西洋より恵まれていることを示す。
 戦争遂行力になるとまた流れが変わる。紀元前1000年に一度だけ東洋が西洋に追いついた以外は西洋のリードが続き、特にローマ帝国の時期には西洋が1つのピークを迎える。しかし没落後の入れ替わりは他の要素より早く、紀元後500年には既に東洋が先んじている。絶対水準で東洋がローマに追いついたと評価されているのは明初期の1400年。火器においてまだ東洋が先行していた頃だ。ここまでは基本的に地味な水準での競争にとどまっている。
 ローマ全盛期を超えたとモリスが評価しているのは1500年の西洋。フス戦争を経て火器の使用が急速に発展していた時である。逆に東洋では停滞が始まり、指数は低下。1500年以降には既に西洋が火器の開発で先行していたことは中国自身が認めていたし、東洋では16世紀末に広まる輪番射撃などの戦術が西洋では同世紀初頭に既に使われていたことは前にも指摘した"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/54583029.html"。1600年以降になるとさらに西洋では燧石式マスケット銃や銃剣が発明され、西洋の戦争遂行力が一段と進展する。東洋は以後、ずっと西洋を後から追いかける立場だ。中国や日本が鎖国下にあった1800年には西洋の指数が上昇する一方で東洋は低下しており、それが19世紀以降における東洋の連敗につながった。
 最後に情報技術だが、こちらは両者の差がほとんどない。ローマ帝国全盛期には西洋が東洋を引き離すが、それでも指数の差は0.02しかない。さらに紀元後600年から1300年までは数値が全く同じで、1400年には東洋が西洋を0.02だけリードする。それにしても誤差の範囲だ。0.03以上の差がついてくるのは1700年以降になっており、以降は西洋が差を広げる一方である。推移を見ても面白みはない。
 
 モリスは産業革命以前の社会発展指数における「固い天井」の存在を指摘している。最初に天井と思われたのは紀元前1300年の23.69。西洋はこの時点で一度、指数の下落を経験している。だが前700年には再びこの数字を上回るのに成功しているため、実際には天井というより踊り場程度に過ぎなかった。本格的な天井は紀元後1年と100年に記録した43.3であり、ここではね返された西洋が再びこの天井に挑んだのは実に1700年も後の紀元後1800年、つまり産業革命の時になってからだ。
 東洋にとっての「固い天井」が最初に訪れたのはローマと同時期の漢。紀元後1年の34.2が最初のピークだったが、その後の回復は西洋より早く紀元後600年にはこの天井を破っている。次の天井はローマ時代の西洋とほぼ同じ水準の42.73。南宋時代の紀元後1200年の話だ。そしてまた比較的短期間に落ち込みから回復した東洋は1700年には45.29と、ローマですら到達しなかった水準にたどり着いている。しかし産業革命による急激な指数の増加がこうした細かい天井押し上げをほぼ無意味にしてしまった。
 ちなみに産業革命後の2000年の指数は西洋が906.37、東洋が564.83であり、いずれも過去の「固い天井」をはるかに突き抜けた先に到達している。産業革命というものが、いかにそれ以前のルールを壊してしまったかがよく分かる数値だ。最も基本的な指標と見られるエネルギー獲得量を見ても、西洋は産業革命前の1700年に比べて7倍以上、東洋で3倍以上になっており、その変化は急激だ。ちなみに東洋がその前にこの指数を3倍に増やすには3700年の時間(紀元前2000年から後1700年)かかっており、12倍以上の速さでエネルギー獲得量を増やしている計算となる。
 アルビン・トフラーの「第3の波」では農業革命、産業革命をそれぞれ第1、第2の波としているが、モリスの指数もそうした考えを裏付けるものだろう。エネルギー獲得という基本的な能力がそれぞれの波をきっかけに大きく上向いたのは確かだ。
 
 ではモリスが予想する将来はどのようなものなのだろうか。面白いことにこれもトフラーの言う第3の波たる「情報革命」に近い。いやそれどころか、より過激なカーツワイルの「技術的特異点」"http://www.amazon.co.jp/dp/4140811676"を取り上げて議論している。コンピューターの計算能力が全人類の知能を超える瞬間としてカーツワイルが取り上げている2045年に向けて社会が発展していく可能性があるというのだ。
 そしてこの技術的特異点の競争相手となるのは、アシモフが描いた小説「夜来たる」"http://www.amazon.co.jp/dp/4150106924"の世界。再び「黙示録の騎士たち」が解き放たれ、発展指数が大きく低下する破綻の世界だ。実際、温暖化という気候変動は既に始まっているとされ、食糧価格の上昇という形で飢饉への懸念も言われている。移住は特に先進国では問題の温床となっており、新型インフルエンザなど疫病も世界的に広まる可能性が高まっている。国家の失策が重なれば、本当に「夜来たる」が勝利する可能性だってある。
 そう、最後になってモリスは「なぜ西洋が支配しているのか」という原題自体がひっかけだったことを明かしているのだ。確かに指数をこのまま延ばせば2103年に再び東洋が西洋を抜く計算になるが、その頃にはそもそも東洋と西洋という分類自体が無意味になっている可能性がある。夜が勝利した場合は西洋も東洋も敗者だ。そして技術的特異点が勝った場合は、ホモ・サピエンス自体が過去の存在になっているかもしれない。未来においては西洋と東洋の競争という観点自体が「ばかばかしく見える」わけだ。
 後は我々ホモ・サピエンスがどちらを選ぶかの問題。この究極の選択においてモリスはそれでも破綻を避けることを望んでいる。シリコンという知性が何をもたらすかは不明だが、それでも何が起きるか想像がつく破綻よりもマシという考えはありだろう。本当にこの予想が当たるかどうかはともかく、歴史分析の結果こういう結論に到るのは面白い。
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