西洋・東洋と社会発展 上

 イアン・モリスの「人類5万年 文明の興亡」("http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480861276/"と"http://www.chikumashobo.co.jp/product/9784480861283/")読了。にしても酷い邦題だ。一応、副題の「なぜ西洋が世界を支配しているのか」の部分で原題のWhy The West Rules -- For Nowをカバーしているものの、メーンの邦題はほぼ意味不明と言っていい。
 そもそも「5万年」が酷すぎる。読めば分かるのだが、この本のキモとなるのは農耕が始まった紀元前1万4000年以降から、まだ訪れていない紀元後2103年までの約1万6000年を対象とした分析だ。著者はホモ・サピエンスの出アフリカを6万年前としており、その基準で見ても「5万年」という数字に意味はない。本当に何でこんな題名にしたのか、さっぱり分からない。
 「文明の興亡」ってのも酷い。わざと誤読させようとしているような題名である。著者はこの本の主題となっている西洋と東洋について「西端の地域を『西洋』、東端を『東洋』と呼ぶつもりだ。『東洋』と『西洋』を価値判断によってではなく、文字どおりの地理的なラベルとして扱う」と定義しており、文明といった用語は敢えて使おうとしていない。なのにどうして邦題では「文明」を使ったのか。
 もしかしたら出版社側がこうした邦題をつけた狙いは、売り上げを伸ばすためかもしれない。例えばポール・ケネディの「大国の興亡」("http://www.soshisha.com/book_search/detail/1_0491.html"と"http://www.soshisha.com/book_search/detail/1_492.html")あたりを意識した可能性はある。だがケネディの方は原題がThe Rise and Fall of The Great Powersなので直訳に近いのに対し、モリスの本は原題と違いすぎる。原題のままだと日本語としてこなれていないという判断かもしれないが、それを言うならジャレド・ダイアモンドの「銃・病原菌・鉄」("http://www.soshisha.com/book_search/detail/1_1005.html"と"http://www.soshisha.com/book_search/detail/1_1879.html")のような題名の本だって、きちんと売れている。
 要するにこの邦題については出版社の意図が不明すぎるのだ。特に、繰り返しになるが5万年は全くもって意味不明。これを見て出アフリカ以降の人類史を追う本、例えばこれ"http://www.amazon.co.jp/dp/4872578287"とかこれ"http://www.amazon.co.jp/dp/4757141653"みたいな本だと思われたら、そのために本来なら獲得できたはずの読者を失うことになりかねない。素直に原題の直訳、つまり「なぜ今は西洋が支配しているのか」あるいは「なぜ西洋が支配しているのか――今のところ」にした方がずっとよかったように思える。
 
 この本は別に出アフリカ後の5万年の人類史を辿る本ではない。文明の衝突とか対決に重点を置くものでもない。この本がやろうとしているのは、「銃・病原菌・鉄」で取り上げられたテーマと、古くはジョーンズの「ヨーロッパの奇跡」"http://www.unp.or.jp/ISBN/ISBN4-8158-0389-7.html"以来取り上げられてきたテーマの間をつなぐことにある。つまり「なぜ西洋が勝っているのか」について、家畜化・栽培植物化の始まったおよそ1万5000年前まで遡ってその経緯を調べた本なのだ。
 「銃・病原菌・鉄」では、「なぜユーラシア&アフリカ北部が勝利し、南北アメリカやオセアニア、サブサハラアフリカといった他の地域は負けたのか」について、環境要因から分析、説明している。「ヨーロッパの奇跡」では1400年以降の短い期間を対象に、ユーラシア内部でなぜ中国ではなく欧州が勝つことになったかについて、やはり環境要因から調べている。そしてモリスの本は「銃・病原菌・鉄」のように農業が始まった時まで遡りつつ、「銃・病原菌・鉄」では短い解説しかなかった西洋と東洋の勝敗について、これまた環境要因を使ってより詳細に分析している。
 そのためのツールとしてモリスが使っているのが「社会発展指数」だ。この本よりもこちら"http://ianmorris.org/docs/social-development.pdf"に書かれているものの方が詳しいが、要するに特定の社会がどの程度発展しているかについて、エネルギー獲得量、組織化、戦争遂行力、情報技術という4つの側面から指数化したものだ。その結果はなかなか興味深い。この点を確認するだけでも、この本を読む甲斐はあるだろう。
 まずモリスは西洋と東洋について以下のように定義する。西洋とは、紀元前1万2500年ごろからティグリス、ユーフラテス、ヨルダン川を取り囲む「河沿いの丘陵地帯」で始まった集団での定住と農業に由来する発展の影響を受けた社会。東洋はその起源を中国(紀元前8000年ごろから農業開始)に持つ社会だ。中国と同じ頃にはペルーやメキシコなどの新世界でも、またそれから3000年ほど後にはニューギニアでも、やはり独自に農業が始まっている。だからこれらの社会に由来する「社会発展指数」の推移も調べることは可能だろうが、モリスはやっていない。西洋と東洋に比べれば微々たる数字のまま、最終的には西洋の「周辺」へと組み込まれてしまったからだろう。
 もう1つ、彼の考えの特徴は西洋も東洋も中核となる地域が移動している点にある。西洋は「河沿いの丘陵地帯」に始まったが、そのコアはメソポタミアやエジプトといったオリエント(東方という意味だがモリスは東と解釈していない)文明を経てローマに移り、その後はイスラム帝国というオリエント地域に再び戻った。西欧が西洋のコアになったのはやっと紀元後1500年以降で、2000年にはアメリカ大陸までシフトしている。一方、東洋の中核はほぼ黄河と揚子江のあたりを行ったりきたりし続けていたが、1900年になって日本も含むようになっている。
 
 モリスの社会発展指数は西洋と東洋で最も発展している地域を取り出し、それぞれを比較している。それによると西洋は氷河期終了後から現在にいたるほとんどの期間で東洋より高い数値を出していた。だが紀元後600年から1700年までに限れば東洋の方が西洋より高い数字を記録。そして産業革命が始まった1800年以降は再び西洋が上に来たが、この時期には指数自体が極端に大きくなり、それ以前と桁違いになっている。どうしてこういう変化が生じたのだろうか。
 指数の変化を分析する際にモリスが用いたのは3つの切り口。1つは生物学で、生物としての人間は好奇心の強い動物として環境に働きかけ、それが社会の発展をもたらすとしている。2つ目は社会学で、そこからモリスは「変化は、怠惰で貪欲で不安にかられた人々が、もっと手軽で安全で利益の多い方法を求めるときにもたらされる。彼らは自分が何をしているかをほとんどわかっていない」という「定理」を導き出している。そして3つ目が地理。西洋と東洋の差はほとんどこの地理に由来しているというのがモリスの考えだ。
 一方的に発展だけが続くのなら西洋と東洋の発展度が入れ替わることはない。先に発展を始めた西洋がずっとリードしたままでもおかしくなかっただろう。だが実際には入手可能な資源に限界があるため、発展すればするほどそれ以上の発展が妨げられる「発展のパラドックス」が生じる。そこでイノベーションが起きれば再び発展への道を歩むことができるが、それができない場合は指数の低下をもたらす破綻も起きる。その際には飢饉、疫病、野放図な移住、国家の失策、そして気候変動という「黙示録の5騎士」が訪れ、破壊をもたらす。
 では破綻を避け、イノベーションを成し遂げるためには何が必要か。モリスが指摘するのは「後進性の優位」という概念だ。発展したコアから導入・模倣された方法がうまく機能しない後進的な地域でこそ、古い技術を新しい環境に適用しようとする奮闘がブレークスルーをもたらす。河沿いの丘陵地域での発展が上限に達しそうになった時、メソポタミアの平野部で灌漑というイノベーションがもたらされたのが一つの事例だろう。社会の発展には常にフロンティアが欠かせないというわけだ。
 フロンティアの存在に影響を及ぼすのが地理だ。紀元前後にあった秦漢帝国とローマ帝国という発展度の高い社会が崩壊した後、西洋は長期にわたって落ち込みが続いたのに対し、東洋は隋唐帝国という形で先に復活を果たした。東洋には長江流域という稲作フロンティアがあったのに対し、西洋にはそういうものがなかったためだ。逆に産業革命直前における状況は西洋に有利だった。大西洋とその向こうにある新大陸というフロンティアは、西洋に発展へのブレークスルーをもたらすきっかけとなった。
 以上の簡単な説明からも分かる通り、モリスの見解も基本的に環境決定主義的な側面が強い。ただしタイムスパンが長く、それだけ多くの人間が関わるテーマにおいては、個々人の性向が集団の中に埋もれてしまう結果、環境の影響が強まるのも無理はない。1人の人間の判断で決まることならともかく、数多の人間が判断した総体としての結果を見るとなると、人間の主観を重視し客観的な影響を及ぼす環境を無視するのは却って変だろう。モリスは西洋の勝利について「妥当性の結果」としており、確率的に高かったものが結果として実現したとの見方を示している。統計が重視されるようになった現代ならではの議論展開だ。
 
 長くなったので社会発展指数の詳細などは次回に。
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