人と機械

 第3回電王戦"http://ex.nicovideo.jp/denou/3rd/"終了。私のように将棋に詳しくない人間はネット上の将棋ファンの発言を見ながら流れを想像するしかないのだが、最終局もなかなか面白い展開だったようだ。
 今回、話題になっていたのはいかにもコンピューターらしいと言われた手がいくつか出ていたこと。まずは序盤の6二玉。第3局でも同じように使われ、コンピューターが負けたため一部ではこれが敗着だとも言われた"http://d.hatena.ne.jp/yaneurao/20140329"。ただし、昨年の電王戦に参加し、今年は観戦記を書いたプロは「そんなことはない」と発言しており"http://news.nicovideo.jp/watch/nw1014806"、この最終局でもこの手が特にコンピューターの足を引っ張った様子はない。
 それどころか、実は6二玉を使った方法が実際のプロ同士の戦いでも見られるようになっているくらい"http://news.mynavi.jp/articles/2014/04/11/denou3/004.html"。中にはこういう意見"https://twitter.com/JUVE0824love/status/455004406094639104"もある。人間の感覚だけだとなさそうに思えるやり方に、コンピューターを使うことで実は可能性が秘められていることが明らかになったという一例だろう。人間自身が強くなるのに機械が役立ったわけだ。
 
 次に最終局で話題になったのは中盤の1六香"http://i2chmeijin.blog.fc2.com/blog-entry-535.html"。ツイッターを見ても指された直後は多くのファンが首をかしげ、続いて「あり得ないような手」「人間は絶対考えない」「悪手にしか見えない」との意見が出ていた。ただし否定一色ではなく、「もしこれが良い手だったらキツイ」「16香で勝ったらものすげ~読み」「きっと人間の常識外のいい手なんだろう」など、意外とコンピューターの強さを信じる声も多かった。
 そして実際、この香車は最後まで活躍することになる。玉からずっと離れたあまり関係ない場所に指されたはずだったのに「16香遥かなる旅」と言われるくらいどんどん移動し、「働き過ぎ」と言われるほどの活躍を見せ、終わってみれば「コンピューターがコンピューターらしい手で勝った」展開。ある意味「プロ棋士の将棋感そのものに問題を突きつけた一着」であり、「人間の棋士にもまだ未知の将棋の知識が眠ってるんじゃないか」との意見さえ出ていた。
 興味深いのは、人間がコンピューターのもたらす可能性について、割と素直に受け入れている様子が窺えた点。昨年の電王戦では勝ち負けを巡る感情的な意見をよく見かけたものだが、今年は前向きな意見の方が増えてきている印象がある。第4局の観戦記を書いた小説家が、プロの敗北シーンについて「現場はあっけらかんとして全く悲壮感がなかった」"http://news.nicovideo.jp/watch/nw1026705"と述べているのも、人間側の適応が進んだことを示しているのかもしれない。
 もっともこの手については適応しすぎかもしれない。実際に対戦したコンピューター将棋側の最新版は、この手をあまり評価していなかったという"http://ponanza.hatenadiary.jp/entry/2014/04/15/032741"。開発者も「これはPonanza側の認識がまずそうだ」と記しており、人間側が思ってしまったほど素晴らしい手ではなかった可能性があるのだ。結果的にコンピューターが勝ったから妙手かもしれないと思われるが、結果だけで過程が全て正当化できるわけではないようだ。チームが勝ったと言ってもQBの有能さを示す証拠にはならない(例:Sanchez)ってことか。
 
 同じように、最終局の終盤で話題を集めていた7九銀も議論を呼ぶ手だった。ツイッターでは「わけがわからん」「人間が指したら笑われる手」「浮かんでも優先度が低い」と批判を集めていた手であり、プロ側が良くなると見られていた。どうやら「王手は追う手」"http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1447122209"という格言にもあるように、無理に追いかけてかえって玉を逃がしてしまう手だと思われたようだ。
 しかし結果的には、プロ側の玉は捕まった。プロ側に見落としがあったのが大きな要因のようだが、「歩の連打で上を押さえ」て追い込むことに成功したとの声もあった。他のプロの中には「この寄せは凄いですね」"https://twitter.com/AMAHIKOSATOh/status/455012315759255552"との意見や、1六香も含めて「とんでもないものを見た」"http://blog.goo.ne.jp/kishi-akira/e/99e307b61391f3e833b31c2735dfd72e"と記している例もある。一方、開発者は「かなりの確率で水平線効果」"http://ponanza.hatenadiary.jp/entry/2014/04/16/024258"と見ながら、その後で「意外なことにPonanzaが致命的に悪いという感じではない」とも述べており、色々と悩んでいる様子。どう評価すべきか、みんなが悩んでいる様子が窺える。
 それでも安易に「あり得ない」と切り捨てることに対する躊躇いは強まっているようだ。そこで思い出したのが、日経サイエンスの最新刊に載っている記事"http://www.nikkei-science.com/201405_044.html"。アインシュテルング効果という「問題の解のうち最もなじみ深いものに脳が固執して、その他の解を無視してしまう頑固な傾向」についての話だ"http://www.nikkei-science.com/?p=41163"。記事ではチェスを使った実験が解説されているが、分かりやすい詰みが見つかってしまうと、もっと少ない手数でできる詰みが文字通り視界に入ってこなくなるという。人間的知性とは異なるコンピューターを通じて見ることで、そうした思い込みが揺さぶられる面はあるようだ。
 
 こちら"http://www.nikkei.com/article/DGXNZO69809080S4A410C1000000/"ではソフトとプロの関係が将来どうなるかについて、バックギャモン"http://www.backgammon.gr.jp/rule/"を例に挙げて推測している。バックギャモンの世界ではソフトが台頭してきた1990年代後半から、強いソフトに学ぶことで人間の強さも上がったという。どうやら将棋でもそういう世界が近づきつつあるように思える。
 だがもっと面白いのはこちら"http://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2103N_R20C14A2000000/"の話だろう。将棋ソフトが一気に強くなったのは機械学習を取り入れてから。しかし昔から将棋ソフトを作ってきた人から見れば、コンピューターが自ら学んで自動的にアルゴリズムを生成する機械学習には「プログラマーの魂は入っていない」。でもそちらの方が強い。そりゃ嘆きたくもなるだろう。
 この問題は、以前書いた"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/53903044.html"「機械との競争」を巡る話でも触れている。人間は肉体労働だけでなく、知的労働でも機械に負けるときが来るのを覚悟しておくべき時代になったんだろう。というか既に「事務職」的な仕事はかなり機械に奪われている。だとしたら仕事の分野でもむしろ機械を使いこなし、それによって従来よりもいい仕事ができるような技術を身につけることが、これから生き残っていくうえで必要なノウハウになる。大変な時代だ。
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