真贋問題

 Erwin Muilwijkという人物が記しているワーテルロー関連サイト"http://home.tiscali.nl/erwinmuilwijk/index.htm"がある。最近になってここにDe Lancey Memorandumの話が載っている。このメモランダムについてはワーテルロー関連でしばしば問題になっており、こちら"http://www.asahi-net.or.jp/~uq9h-mzgc/g_armee/brye.html"でもそのメモの妥当性を議論している。さて、Muirwijkはこのメモについてどう見ているのだろうか。
 まず驚くのは、このメモが初めて出版されたのが1852年であること。ワーテルローの37年も後だ。どうやらWellington Despatchesが編集された際にこのメモも入り込んできたらしい。さらに、メモにはDe Lacy Evansの記した但し書きもついている。
 メモそのものは3つの列からなっており、一番目の列には部隊の名前(第一師団など)、二番目には(De Lacy Evansの説明によると)De Lanceyがメモを書いた時点で各部隊のいた場所が、三番目には16日午前7時の時点で各部隊が向かうように命じられていた場所の地名が記されている。特に三番目にはQuatre Brasの名前がたくさん出てくるのが特徴だ。
 さて、では実際の各部隊はこの時点(16日朝)でどのような行動を取り、どのような命令を受けていたのか。Muilwijkは個別に調べているが、全体としてそれぞれの部隊はDe Lanceyメモの二番目の列に書かれている場所には到着していなかったうえに、三番目に書かれていた場所へ向かうような命令も受けていないのが大半だという。特に問題なのが頻出するQuatre Brasの地名だ。
 Muilwijkによるとウェリントンは16日の昼ごろまで、英連合軍の終結地点としてNivellesは考えていてもQuatre Brasは考えていなかったという。たとえば15日午後7時に、連絡将校として英軍司令部にいたミュフリングがブリュッヒャーにあててウェリントンの戦略を説明した手紙には、Nivellesという地名が4回出てくる一方でQuatre Brasの名は一回も登場しない。15日深夜から16日にかけて行軍していた各部隊について調べても、ウェリントンからQuatre Brasへ行くよう命じられたものは見当たらないという。
 また、Quatre Brasの守備を任されていた第1軍団の司令部は、フランス軍がNivellesの方に迂回する可能性を考えて部隊を配置していたし、ウェリントンもそれを認めていたという。しかし、そうしているうちにQuatre Bras前面にフランス軍が続々と現れてきた。それを見て、初めてウェリントンらはそこで戦う必要があることに気づいたというわけだ。
 となると、16日朝の時点で書かれたDe LanceyのメモにQuatre Brasの名が頻出するのは明らかにおかしい。その時点ではDe Lanceyどころか彼の上司であるウェリントン自身、Quatre Brasで戦うつもりも、その十字路が戦略的に重要な地点であるという認識もなかった。Quatre Brasが大きな意味を持つようになったのは、ブリュッヒャーの司令部にいたハーディンジ大佐からプロイセン軍がリニーで戦うつもりだと聞いた時点から。その時になって、プロイセン軍との連絡路を確保するために欠かせないQuatre Brasの十字路が重要な地点になったのである。
 というわけでMuilwijkの結論によればDe Lanceyのメモランダムは「本物ではない」。実際の戦役が終わってから書かれた、いわば「偽書」である。この部分の結論についてはウェリントンを非難しているHofschroerと同じだ。
 ただ、その後は違う。HofschroerはこのDe Lanceyメモが偽物であることから一歩進んでウェリントンが16日午前10時半にブリュッヒャー宛に書いたFrasnes Letterの内容も嘘だと判断。ブリュッヒャーをミスリードさせてリニーでフランス軍と戦うよう仕向けたのだ、と推測している。
 それに対しMuilwijkは「ウェリントンは本気で英連合軍が早い時間に集結を完了すると思っていた」と指摘している。こうした判断はウェリントンだけのものではなかったようで、第1軍団のオラニエ公もブリュッヒャー宛に記した同日午前6時半の報告書で「3時間以内にベルギー部隊全部と英国軍の大半はNivelles近くに集結できる」と記しているそうだ。同盟軍を騙そうと思っていたわけではなく、彼ら自身がそう信じていた、というのがMuilwijkの結論。Hofschroerとは異なる意見と言っていいだろう。

 なおMuilwijkはもう一つ、ウェリントン関連の有名なエピソードが事実ではない可能性があるとも指摘している。あの有名な"Napoleon has humbugged me, by God!"の挿話だ。ウェリントンはこの話の中で、いずれQuatre Brasを捨ててワーテルローで戦うことになるだろうと発言しているのだが、そんなのは未来を予知する能力でもなければ不可能。ブリュッヒャーがワーヴルへ退却し、さらにモン=サン=ジャンへ増援にやってくると約束した段階で初めてウェリントンはワーテルローへの後退を決断したのだから、というのがMuilwijkの見解である。個人的には全く同感。

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