今回調べた限り、結論は以下のようになる。第一次大戦時点で食糧の現地調達が即座に兵站の失敗を意味していたとは言えない。たとえ現地調達を強いられても結果的にうまく回ったのだからOKという考えはある。だが現地調達は兵站失敗とは無関係と言うこともできない。何事もそうだがオールオアナッシングで考えるのではなく、程度を測る必要がある。現地調達がどれほど軍の戦闘能力に影響を与えたかを見なければ、兵站の失敗かどうかの評価は無理だろう。 第1軍の兵站部門関係者はおおむね成功だったと見ている。彼らの担当範囲について言えば、弾薬は自動車輸送部隊の八面六臂の大活躍があってどうにかめどが立った。人間用の食糧は豊かな土地と収穫期という季節的幸運に支えられて、新鮮なパンといった一部の問題を除いてうまく回った。一方、オート麦の不足と軍の速すぎる行軍は馬匹の損耗に直結し、騎兵部隊や馬が牽引する大砲、輸送用馬車などに大きなトラブルをもたらした。 同時代人の中には、第1軍関係者とは逆に兵站が失敗に終わったと認識しているものもいる。1920年に出版されたThe Battle of the Marne"https://archive.org/details/battleofmarn00perr"の中に引用されているのだが、会戦から2年後の1916年に「ドイツ参謀士官」が記したDie Schlachten an der Marne"http://books.google.co.jp/books?id=v32YPgAACAAJ"は兵站の実情について以下のように記している。
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