クレベール覚書

 以前、こちらのエントリー"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/50998952.html"でクレベールが記したボナパルト評を紹介した。彼がエジプト遠征中に書き記していたノートの中にそういう文章があったのだが、そのノートが出版されていたことがこのたび判明した。
 Journal Autographe du Général Kleber"http://gallica.bnf.fr/ark:/12148/bpt6k44271t."という本がそれ。たった29ページしかないこの本が出版されたのは1895年であり、やはり19世紀がナポレオニック出版の黄金時代であったことが分かる。そしてクレベールによるボナパルト評は同書のp14-15に書かれている。
 
「結果だけから判断される人々がいる。もしそれを達成するための手段における行為を調べれば、彼らは全て[の評判]を失う。ボナパルトもそうした人々の1人だ。
 テュレンヌは世紀で最も偉大な将軍であるモンテクッコリ相手に戦うことで称賛を獲得した。B...はその名声を、オーストリア王家が持つあらゆる間抜けな将軍たち相手の戦闘で得た。
 つまり彼は少しばかり実用的でない運の中で、御しやすく扱いやすい不運に見舞われた人間なのだ。
 彼は好かれているか? ――どうやってそんなことができる? 彼は誰も好きではないが、昇進と贈り物によってそれを作り出すことで埋め合わせができると信じている。
 彼はアクル前面でしでかしたあらゆる失敗を報告に記し、何一つ免除しなかったと話した。
 彼は不道徳か? ――違う、しかしそれは悪徳が愚かさに由来しているからであり、彼は間抜けではない。
 彼は組織化も運営もできず、それでもなお全てをしようとして、混乱とあらゆる種類の浪費を組織し運営しており、そのため潤沢な状態であっても完全な欠乏と悲惨をもたらしている。
 計画は定められず何もかもが跳躍し飛び跳ねて、その日の情勢はその日に決まる。彼は自らの運命を信じていると主張する」
p14-15
 
 ナポレオンが機会主義者であることは否定しない。彼はむしろあらゆる可能性を排除しないような作戦立案にこだわっていたように思える。しかしそれはクレベールにとっては不満の元だったようだ。正直、クレベールの批判がどこまで正当であるかは意見が分かれそうだ。
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