方陣・横隊

 軍靴のバルツァー"http://www.comicbunch.com/comicinfo/baltzar/"という漫画がある。19世紀中ごろのドイツっぽい異世界を舞台にした軍事フィクションで、主人公はプロイセンっぽい国の若手将校。で、その最新巻に歩兵が方陣を組むシーンが出てきた。それを見ていて気になったことを一つ。
 方陣と騎兵が戦うのは第22話。そこでは2つの方陣が組まれているのだが、その位置関係が微妙に違う。最初に出てきた絵では互いに斜めの位置に方陣を組んでいる。つまり以下のような形だ。
 

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 一方、そのすぐ2ページ後の絵を見ると、斜めではなくむしろ横に並んでいるように見える。その後、一方の方陣が崩された後の様子を見ても位置関係は同じだ。つまり以下のような形。
 
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 実はこの形は、歴史的に言うと方陣の組み方としてはよくない格好である。方陣を形成する4つの正面のうち、友軍に面したところはどちらも射撃できなくなってしまうからだ。漫画の中で「友軍が射線に入る状態では射撃がままならない」と述べている通りだ。だから方陣を組む際には上の方の陣形、つまり斜線陣(echelon)になるよう方陣を配置するのが原則である。
 南北戦争の最中、米軍の准将サイラス・ケイシーが著し1862年に出版されたInfantry Tacticsの第3巻"http://64thill.org/drillmanuals/caseys_infantrytactics/volume3/caseys-v3.pdf"にもそうした話が書かれている。同書p90には"The squares will generally be formed by echelons"という言葉があり、p91には望ましい方陣の配置が図示されている。
 では漫画の後半部にあるような方陣配置は許されないのか。そんなことはない。距離をとる時間がないほど切迫した状態で騎兵に脅かされた密集縦隊の歩兵が方陣を組む場合は、下のような配置にするべきだと書いてある(p92-93)。ただし、漫画を見る限り、方陣を組む前の隊形は決して密集縦隊には見えない。行軍縦隊からてんでに走ってばらばらに散開しつつある状態だったように思える。
 残念ながらケイシーの本に行軍隊形から方陣を組む方法については書かれていない。漫画に描かれたような横に並んだ方陣になってしまったのは、おそらく大慌てで方陣を組む必要があったため斜線陣にするとかそういうことまで考える余裕がなかったから、と見なすのがいいのだろう。それでも最初の1コマだけ出てきた斜めの方陣について説明がつけられないのが困ったもんだが、そのあたりは「フィクションなんだから」と流しておくのがよかろう。

 あと横隊vs騎兵の戦闘も描かれているが、こちらの描き方も史実と比べてみよう。どうやら横隊に正面から突っ込むのでは、マスケット銃時代の戦闘であっても騎兵が不利と思われていたようだ。A Treatise on the Tactical Use of the Three Arms"http://books.google.co.jp/books?id=fGyo9RP5wkoC"には、アウステルリッツでロシア騎兵の突撃が横隊を組んでいたフランス歩兵に撃退された例や、キャトル=ブラでブラウンシュヴァイクの槍騎兵がやはりフランス歩兵の横隊に撃退された例が紹介されている(p38)。「歩兵横隊は、たとえ2列であっても、ぎっしりとした隊列で正面から攻撃されれば、騎兵に抵抗できる」のだ。
 横隊がヤバいのは騎兵に真横からまくられた場合だ。キャトル=ブラでフランスの胸甲騎兵に側面から突撃された英国の第69連隊は「即座に巻き上げられ粉砕された」(p38-39)。漫画では騎兵指揮官が「敵横隊右翼から突破」と話している場面はあるものの、明確に側面から崩す描写はなし。もしこの漫画にそうした場面があれば、おそらく相当にマニアック度合いの高い漫画として記憶に残ったことだろう。いやフィクションとしては既に十分に面白い描写になっている(最初は方陣、次は有刺鉄線で騎兵に対抗するとか)のだから、現状でも特に問題はないけど。
 
 一方、世の中には架空世界ではなくナポレオン戦争そのものを描きながら、例えば方陣の位置関係などがいい加減なもの(こちら"http://donsteward.blogspot.jp/2013/06/hollow-square.html"の2枚目の画像など)もある。これまたフィクションなのだから許容範囲と言ってしまえばそれまで。そもそも方陣の位置関係といった知識など、現代においては全く不要だ。そして不要な知識はやがて消え去っていく。去るもの日々に疎しという言葉は、色々な分野に適用できるもののようだ。
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