パス成功率とY/C

 アメフトに限らず、得点を競うゲームでは得失点と勝率との相関は高い。そしてアメフトの場合、得失点と相関の高いのがAdjusted Net Yards per Attempt(ANY/A)であることは何度も指摘してきた。そしてANY/Aにはいくつかのパスに関するファクターが織り込まれている。その要素のうち、一体どれが重要なのだろうか。
 ANY/Aは分母にパス試投とサック数を、分子に獲得ヤード、TD、インターセプト、サックヤードを取って計算する。それぞれの要素について考えるうえでは分子を見るのが適当だろう。2012シーズンを対象に、獲得ヤードを100とした場合のそれぞれの割合を見ると、TD(20倍する)は12、インターセプト(45倍)は17、サックは6になる。後者の3つを単純に足し合わせても35と獲得ヤードの3分の1程度に留まる。つまりANY/Aを構成する要素のうち最も大きいのは獲得ヤードとなる。
 もちろん、この数字は時代によって変化する。パスルールが変更された1978年当時の数字は獲得ヤード100に対しTDが12、インターセプト36、サック11となる。今よりは圧倒的に影響度が大きいが、それでも全部足して獲得ヤードに全然及ばない点には変わりない。という訳でまずは比重の高いY/Aについて調べてみよう。
 
 Y/Aは実際には2つの指標を掛け合わせたものである。1つはパス成功率で、もう1つはYards per Completion(Y/C)だ。そしてこのそれぞれの数字はトレードオフの関係にあるのではないかと直感的に予想される。パス成功率を上げたければ短く確実なパスをたくさん投げればいい。Y/Cを高めたいのなら長いパスが中心になるが失敗に終わるリスクも高まる。実際、1978年当時53.1%に過ぎなかったパス成功率が2012年には60.9%まで高まった一方、Y/Cは12.7ヤードから11.6ヤードと1ヤード以上も短くなっている。
 時系列だけでなく、個々の選手を見ても同じだ。1798年以降にデビューし、5年分の規定数に相当する試投1120回以上を記録したQB115人を対象に調べてみると、パス成功率とY/Cの相関係数は-0.347。弱い範囲ではあるが逆相関の関係にある。有能なQBは二兎を追うこともあるが、全体としては成功率を取るか、Y/Cを取るかの二者択一を迫られる者が多かった。
 そして歴史が選んだのは成功率だった。1978年当時はY/Cで15ヤード以上を記録しつつもパス成功率は5割程度というQBがいた。しかし2012年になるとY/Cが最も高かったNewtonですら13.8ヤード。一方のパス成功率はどんなに低くても50%台半ばはあり、40%台が存在していた1978年とは様変わりだ。短く確実なパスをつないで攻撃するという「ウエストコーストオフェンス」的な考えが全てのチームに行き渡ったのが現在のNFLと言ってもいいだろう。
 この選択は合理的だったのか。答えはおそらくイエス。上記の115人についてANY/A+との相関を調べると、Comp%+は0.757、Y/A+は0.868となっている。残念ながらY/C+というデータはまとめられていないため直接的な比較はできないが、Y/Aの生データとY/A+の比率を参考にした擬似的なY/C+を計算するとその数値は0.545となる。パス成功率よりもANY/A+との相関性は低いのだ。同じ時代に横並びで競争しているQB同士では、パス成功率を追及した選手の方がY/Cで勝負しようとした選手より高いANY/Aを達成する可能性が高かったと見られる。
 一方、n年とn+1年のY/Cの相関について、1978年から2012年までに年224試投した選手を対象に調べたところ0.430という数字が出た。以前こちら"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/52770973.html"で調べたY/A+よりは高く、Comp%+よりは少し低い数字だ。時代とともにY/Cは低下しているため、その補正を加えたY/C+を考えるならおそらく0.430よりもう少し低くなると思われる。つまりY/Cはパス成功率より年ごとの安定性に欠けると見てよさそうだ。
 パス成功率を高める方がANY/A+を高める効果は大きく、しかも毎年安定した数字が期待できる。Y/CはANY/A+への影響がパス成功率より低いし、年ごとのブレが大きい。Y/Cは低いが成功率の高いQBを使う方が、その逆のQBよりANY/Aを高くしやすく、結果として得点を生み出し勝利を掴む確率が高くなる。そうした傾向がデータから読み取れるのだ。
 
 この傾向は、ANY/A+のような時代別にアジャストした指標ではなく、生データを時系列に沿って比較すると一段とはっきりする。1978年から2012年まで年ごとのリーグ全体のパス指標を出し、それの相関係数を調べるとパス成功率とY/Cは-0.869となり、強い逆相関が見られる。リーグ全体で見れば二兎を追うのはやはり難しいのだ。しかし、どちらかを選んだ場合の波及効果には違いがある。
 まずパス成功率とインターセプト率の相関係数を見ると-0.828と強い逆相関がある。一方、Y/Cとインターセプト率の間には逆に+0.812という強い正の相関が存在。またロングパスを多投するスタイルはサックも呼び込むようで、パス成功率とサック率の相関が-0.721なのに対しY/Cとサック率の相関は+0.742となっている。それに対しTD率はY/Cとの相関が+0.345と長いパスと正の相関が見られるが、あくまで弱い範疇だ。一方パス成功率とTD率の相関は-0.016でほぼ無関係。
 Y/Cを重視すればそれだけパス成功率が下がり、さらにインターセプト率が上がるうえにサック率も高まる。一方でTD率も高まるものの、弱い相関にとどまるため効果はそれほど大きくない。それに対しパス成功率を重視すればY/Cは下がるが、インターセプト率とサック率の低下がもたらされる上にTD率にはほとんど影響はない。どちらを選んだ方がANY/A上昇への効果が大きいかは一目瞭然である。
 実のところ、Y/Aは1978年から2012年まで6.7~7.2ヤードの範囲内を上下するだけで明確な傾向は存在しなかった。パス成功率が上向く一方、Y/Cが低下してそれぞれが打ち消し合ったというのが実情だろう。だがこれがNY/Aになるとサック率の低下で同じ期間に5.5から6.3ヤードまで上昇。またTD率は横ばいだったもののインターセプト率が5.4%から2.6%まで半分以下に下がった効果で、AY/Aも5ヤードから6.7ヤードへと上向いた。結果としてANY/Aは4から5.9ヤードと、実に5割近い増加を見せることになった。Y/Cよりパス成功率を求めた効果により実際にANY/Aが上昇し、1試合の平均得点も1978年の18.3点から2012年の22.8点へと高まった。
 最近になってパスハッピーな傾向が強まっている要因も、この「成功率重視」なパスプレイのためかもしれない。成功率重視で実際にパスの効率も上がっているのに対し、ランの方は昔も今も平均4ヤード強のゲインが一般的。ならばパスの比重を増やした方がオフェンスが進みやすくなる、と考える人が増えるのは当然だろう。パスハッピーな流れはまだまだ続くと思われる。
 
 Montanaがウエストコーストオフェンスを始めた頃、長いパスを投げられないから仕方なくそうしているのではといった揶揄があったんだそうだ。実際、彼が先発に定着した1980年の数字を見ると、パス成功率は64.5%でリーグトップだったがY/Cは10.2ヤードとリーグ最低。彼自身はその後、成功率を下げずにY/Cを上げていくことで偉大なQBになったのだが、リーグ全体は若いころの彼を模倣する方向に走っていった。その方が効率よく点数を稼げるからだろう。
 最近ではウエストコーストオフェンスという言葉自体を聞くことはほとんどなくなってしまった。だがそれはウエストコーストが時代遅れになったからではない。時代がウエストコーストに追いついてしまい、リーグ全体がウエストコースト化したからである。
スポンサーサイト



コメント

非公開コメント

トラックバック