加上

 さてせっかく富永仲基の話を紹介したのだから、そこから考えを少し広めてみよう。内藤湖南が「此人の考へた研究法に我々感服した」と述べたその研究法、つまり「加上」の原則ってやつの応用ができないかどうかを検討してみる。
 加上説"http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%8A%A0%E4%B8%8A%E8%AA%AC"というと、今ではむしろ中国歴史学疑古派の顧頡剛が唱えたものを意味しているらしいが、考え方としては富永と似ている。こちらのblog"http://d.hatena.ne.jp/tikani_nemuru_M/20080530/1212096668"によれば後から作り上げられたものほど古いものだと主張されているそうで、富永の指摘(後から作り上げられたものほど複雑で数が増える)と全く同じではないが似た発想ではある。
 
 この加上の考え方を、たとえばナポレオン関連に適用することは可能だろうか。一例としてマレンゴの戦い"http://www.asahi-net.or.jp/~uq9h-mzgc/g_armee/rivalta.html"を取り上げよう。以下の3つの説が、それぞれ唱えられた時期も論拠も不明のまま伝わっているとする。
 
(1)ドゼーはナポレオンの命令を受けてマレンゴの戦場へ戻った
(2)ドゼーは砲声を聞いて足を止め、その後でナポレオンの命令を受けマレンゴへ戻った
(3)ドゼーは砲声を聞いた時点でナポレオンの命令を受けることなくマレンゴへ戻り始めた
 
 富永風の解釈で1~3の説の古さや新しさを判定できるだろうか。できそうだ、というのが私の考え。まず、話が最も単純なのは(1)だ。命令を受けてマレンゴへ戻るのは実に当たり前の話であり単純明快。「一番最初は一番簡單のもの」という理屈に従えばこれが最も古いだろう。一方(2)と(3)について考える場合、(3)は(2)で唱えられている「砲声を聞いて」という話をさらに盛り上げたものと見なすことができる。「段々いろ/\に理窟を變へて、引つくり返し/\上の方に行く」という加上の理屈を当てはめるなら、(1)の次に古いのが(2)で、最も新しいのは(3)と考えるのは十分に可能だろう。
 そして現実に(1)は戦役直後に書かれたブーデの報告書に基づく説であり、(2)は戦役から28年後に出版されたサヴァリーの回想録、(3)は45年後にThiersが書いた歴史書が元になっている。加上の発想に基づいて検討した「説の古さ」通りの結論になる。
 
 実際問題としてナポレオン戦争について加上を使って古さを検討する必要はないだろうが、もっと古い時代の歴史について調べる場合にはもしかしたら使える説かもしれない。そう思う一例が、古代の戦闘に関する描写にある。飛び道具を使う戦いと、白兵戦との比率だ。
 アナバシスやガリア戦記といった文章における具体的な戦闘シーンを見ると、大半が飛び道具のみを使った戦いであることが分かる。しかしこれがアリアノスの書いたアレクサンドロス東征記になると、とたんに白兵戦のシーンが増えてしまうのだ。さて、どちらの描写がより「加上」したものだろうか。
 上に紹介したマレンゴの話を見ても、全体として話が盛り上がる展開になる方が「加上」後の文献だと想定できる。そして戦闘シーンに関して言えば、遠距離から弓矢なり投石なりを延々と繰り返すシーンよりも、剣や槍でどつきあう方が盛り上がっていることは間違いない。つまり加上で見ればアナバシスやガリア戦記の方が古く、アレクサンドロス東征記が新しいと想定される。
 実際、アナバシスやガリア戦記は戦争に参加した当人が記しているのに対し、アリアノスの本は戦闘から500年くらい後に書かれたものである。つまりアリアノスの方が「新しい」のだ。残念ながらアレクサンドロスに関して言えばそもそも同時代史料が存在しないため、アリアノスの描写が「間違っている」かどうかまで判断はできないが、それでもアリアノス的描写が「加上」されたものであることは想定できるのだ。うん、これは使い勝手が良さそうである。
 
 加上が成立するってことは、つまり人間は放っておくと話をどんどん盛り上げたがる性質を持っている、ということを意味する。古代中国人は自分たちの神の方が古いと主張し、仏教徒は自分たちの教えの方が複雑かつ深遠だと言い張り、歴史家は本当はもっと盛り上がる戦いが行われたんだと史書に記す。これは様々な分野に共通して見られる人間の「業」みたいなもんなんだろう。
 問題は加上がなされると「加上前」の本来の姿がそれだけ後世に伝わりにくくなる点にある。仏教の場合は幸いにして上座部の信仰が残っていたが、アレクサンドロスの戦いのように加上前が消失してしまったものもある。人間は話を盛り上げたがるだけでなく、盛り上がる話の方を好む性格も持つ。だから加上後の話は広く長く伝わり、加上前の単純で地味な話はどんどん忘れられていく。実は「加上後」しか残されていない話ってのは、歴史を振り返ればかなりたくさんあるんじゃなかろうか。
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