資源と人口

 前回の話に関連して。ガットによれば戦争をもたらす大きな要因は資源を巡る争いにあるという。資源が限られており、ゼロサムあるいはマイナスサムゲームが行われる局面では、戦争を行うインセンティブは強く働く。一方、資源が人口に比して多くプラスサムゲームになっている場合、平和のもたらす利得が大きすぎるため戦争へのインセンティブは働きにくい。産業革命以降、戦争の頻度が大幅に減少したのは、人類がそれ以前とは比べ物にならないほど多くの資源を使えるようになったのが背景だ、とガットは分析している。
 そこで問題になりそうだと指摘したのがピークオイル。この概念についてはこちらのサイト"http://www.nexyzbb.ne.jp/~omnika/index.html"が詳しい。以前は一部の学者のみが声を上げていたが、最近は国際エネルギー機関が在来型原油の生産が頭打ちになったことを認める"http://www.iea.org/speech/2010/Tanaka/weo_tokyo_jp.pdf"など、このアイデアに関する支持が広がっている。拡大してきた資源が横ばいになり、プラスサムゲームがゼロサムになりつつあるのだとしたら、これは確かに深刻だ。
 ただ上にも書いたとおり、資源の問題は人口との対比で考える必要がある。狩猟採集社会から農耕社会に移行した時にも資源は増えたが、その分は人口増によって相殺された。そうしたマルサス的状況になった時こそ、プラスサムゲームが終わりを告げ平和の利得より戦争への誘因が強まる局面だと言える。従って、まずは人口の先行きについて押さえておこう。
 国連の中位推計によれば21世紀を通じて人口増加ペースは落ちるものの、それでも人口はじわじわと増えて2100年までには100億人に到達するという"http://commons.wikimedia.org/wiki/File:World-Population-1800-2100.png"。つまり少なくとも今世紀中の人口増加は避け得ないと見られているわけで、それをカバーできるだけの資源増加がなければプラスサムゲームは続けられない。果たしてそれだけの資源は残っているのだろうか。
 在来型石油がピークを迎えた説が増えているといっても、非在来型石油"http://www.sekiyu-gakkai.or.jp/jp/dictionary/petdicnewenergy.html"が増える可能性はまだある。少なくとも国際エネルギー機関はそう見ている。また石油のみが人類の使っている唯一のエネルギー源というわけでもない。確かに内燃機関の世界では液体状のエネルギーが今でも王様だが、それでも燃費向上による消費抑制やハイブリッド技術の活用といった方法で影響を緩和させることは可能だろう。
 だがそれでも在来型の安い石油が増えないことが制約条件になるのは否定できない。2011年の世界の自動車販売は7700万台"http://www.fourin.jp/pdf/press/press_world20120601.pdf"と言われているが、ある推計によればこの数字は2025年に2億台まで膨らむという("http://www.starc.jp/download/sympo2011/01_tanaka.pdf"のp21)。数字の増加にあわせて燃費が今の2倍以上にでもなればガソリン消費は増えない計算だが、そこまで期待するのは難しいだろう。非在来型石油は在来型に比べればコストが高いため、石油価格は高止まりが続くことにもなる。高い石油のために労力を割かれれば、それだけ他の資源を入手する機会も失われ、いよいよプラスサムが難しくなる可能性もある。
 他の資源、石油以外の資源もエネルギー源としては重要だ。そして石油以外についてはまだピークが来ているという合意はない。たとえば天然ガス。国際エネルギー機関曰く「黄金期」"http://www.worldenergyoutlook.org/media/weowebsite/2011/es_japanese.pdf"を迎えているこの資源については、wikipedia"http://en.wikipedia.org/wiki/Peak_gas"によれば2020年から減るという説と2030年を過ぎても増えるという意見がある。最近ではシェールガス革命も話題になっており、それに伴う楽観論と、シェールガスはそんなに期待できないとの意見がそれぞれ飛び交っている。
 石炭のピーク時期についても様々な見解がある"http://en.wikipedia.org/wiki/Peak_coal"。原子力発電の燃料となるウランに至っては、1980年に既にピークを迎えた説から増殖炉を使えば事実上無限に存在する説まで、見解は極めてばらばら"http://en.wikipedia.org/wiki/Peak_uranium"。資源ピークを巡る見方には統一したものはなく、従って予想も立てにくい。今世紀中に資源が減少に転じマイナスサムゲームが始まるかどうかについては、ありそうだとも言えるし、うまくすればなさそうとも言える。はっきりしているのは、現在の主力である化石燃料が永遠に使えることはないという点くらいだ。
 
 ホモ・サピエンスにとって最良のシナリオは、人口増が止まって横ばいになる時期には再生可能エネルギーによって需要を満たせるだけの技術開発と実際のエネルギー活用が始まっているという展開だろう。逆に最悪なのは人口がピークを迎える前に急激に使用できるエネルギーが減少するケース。文明の崩壊という言葉が当てはまる事態が生じかねない。
 今の技術で再生可能エネルギーが十分に使用でき、後は設備さえ増やせばOKなら良かったんだが、実際はそうなっていない。水力発電はエネルギー源として利用できることは分かるし実際に利用されているが、これ以上増やすのは地形的に難しい。地熱発電は安定した電力供給が期待できるが、需要全てをまかなえるだけの量を入手するのは困難だろう。風力や太陽光は安定性に欠けており、地産地消的に使うのならともなく重要なエネルギー源にするのは無理がある。それをやろうとしたスペインなどは、結局バックアップ用に化石燃料を使う発電所を用意する二重投資を強いられた。発電所建設にもエネルギーが必要なことを踏まえるなら、これはあまり省エネになっていない可能性がある。
 再生可能エネルギーだけで人類の需要を満たせる時が来るのはまだ先だろう。となると当面は既存のエネルギーミックスで乗り切るしかない。ただし化石燃料についてはいつ尽きてしまうか、というか価格上昇や品質低下でいつ使うメリットがなくなるかが分からない。原発の核燃料サイクルが理想どおりに進めば再生可能エネルギーが本格的に使える時が来るまでの時間稼ぎも可能になるかもしれないが、こちらも現時点では技術が確立しているとは言えないようだ。
 つまり、今のホモ・サピエンスは、資源という点では綱渡り状態にあるように思えるってことだ。資源が人口増に追いつけなくなったら、いや人口増が止まるとしても使える資源が減少傾向に転じたら、その時点でプラスサムゲームは終わり、ホモ・サピエンスの長い歴史の中でおなじみの展開であるゼロサムやマイナスサムゲームが始まる。相対的に見れば平和であった時代がそこで終焉を迎える、なんてことにならないよう、技術開発と効率のいいエネルギー使用に努力する姿勢が必要なんだろう。
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