小伍長再訪

 ナポレオンの異名である小伍長について前に調べた内容はこちら"http://www.asahi-net.or.jp/~uq9h-mzgc/caporal.html"にまとめてある。彼が権力の座にあった時の使用例は、その大半が政敵による誹謗中傷であり、それ以外にはかろうじて中立的な事例が1つあっただけという結論だった。だが、今回調べていて見つけだした同時代使用例は、何とナポレオンに対する「愛称」として使われていた。兵士などが使っていたと(彼が権力の座から落ちた後の文献に)記されていた事例が、同時代にもあったのだ。
 正確に言えばその台詞を言ったのは兵士ではなくパリ市民だ。ハンブルクの司祭であるマイアーなるドイツ人がパリから送ってきた手紙(日付なし)の中に、パリのある女性の発言が紹介されている。その内容は以下の通り。
 
「[ボナパルトが宮殿から出て広場を通った時]、皆がブラヴォー! ボナパルト万歳! と叫んだ。私の背後にいた女性が山盛りの石の上に乗って大声で叫んだ。『見て、ほら、あそこに彼が、小伍長がいる。凄い!』(中略)『ああでも』彼女は手を叩きながら驚いて続けた。『小さいわ! 彼2人で1人分じゃないかしら』(中略)『身体の大きさが』」
Briefe aus der Hauptstadt und dem innern Frankreichs, Zweiter Band."http://books.google.co.jp/books?id=QAxCAAAAcAAJ" p335-336
 
 うん、これは実に興味深い。まずこの手紙の後に掲載されている手紙の日付が1802年10月11日になっているので、この手紙も1802年ごろに出されたものと見ていいだろう。つまり、まだボナパルトが執政の時期から彼の支持者の間でも「小伍長」という言葉が使われていたらしいのだ。政権について間もない時期からあったということは、かなり古い時期からこの言葉は「政敵による悪口」と「支持者が使う愛称」という両方の意味を含んでいた可能性がある。なかなか面白い。
 しかしもっと面白いのは彼女がボナパルトを「小さい」qu'il est petitと表現していることだ。ナポレオンの身長は5ピエ2プス、メートル法に直すと168センチというのが通説だ"http://www.napoleon-series.org/faq/c_tall.html"。アントンマルキによる計測結果(Derniers momens de Napoléon"http://books.google.com/books?id=WN0GAAAAQAAJ" Tome II. p169)が論拠となっているし、他にも色々と裏づけがあることは既に述べた"http://blogs.yahoo.co.jp/desaixjp/48720631.html"。
 にもかかわらず、この女性の目にはボナパルトは随分と小さく見えたようだ。本当に通説よりも小さかったのか(可能性としては低い)、それとも彼を「囲んでいた幕僚たち」(Briefe aus der Hauptstadt und dem innern Frankreichs, Zweiter Band. p335)との比較でそう見えてしまったのか、理由は不明。ただこの時、ボナパルトは「馬を巡らせて」(同)いたと記されており、女性が見たのは馬上の姿だったようだ。となると身長に関する印象を言葉通りに受け取るのは拙いかもしれない。
 それでも、小伍長のpetitという用語が「小物」という侮蔑の意味だけでなく、見た目のサイズに由来していた可能性が生まれてきたのは確か。幕僚たちに囲まれた彼が実際にはどのように見えたのかが知りたいところ。写真が存在していなかった時代であることが実に残念である。
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コメント

No title

rot*on*li*ht
馬上ということは、馬がでかい・座高が低い・やたらと猫背あたりの理由も考えられますな(笑)

No title

desaixjp
どんな理由でこの女性がボナパルトを「小さい」と感じたのかは、もはや想像するしかないってことでしょうか。まあ、探せば他にも参考になる別の史料が見つかるかもしれないので、それを期待するとしましょう。
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