1795ライン戦役その3

 リンブルクにあるクレアファイト元帥の司令部、1795年10月26日
 閣下、
 ヴルムザー将軍がマンハイム近辺でフランス軍に対し目覚しい優位を得たことを謹んで閣下にお知らせします。詳細は以下の通りです。
 今月17日から18日にかけての夜、マンハイム前面に布陣していたオーストリア軍の一部が、ヴルムザー自身の指揮する5つの縦隊に集まり、敵がその地の前面に占拠している様々な陣地を攻撃しました。その配置は極めて熟練しており、実行の際の活発な方法は将軍の願いと期待に十分答えるものでした。激しい戦闘の後、敵が作り上げた全ての施設は奪取されました。彼らのテントと大量の荷物、加えていくつかの大砲と弾薬車を奪いました。
 全夜間と午前の大半続いた見通せない霧のため、それぞれの縦隊間の連絡は極めて困難で、命令の素早い実行は不可能であり。将軍たちは攻撃を確実に遂行することはできませんでした。この不運な状況のため敵はその砲兵のほとんどを持ち出すことができ、ヴルムザー将軍が意図していたようにオーストリア軍が敵を町まで追撃することを妨げました。
 オーストリア軍はこの機に約30人の士官と600人から700人の下士官及び兵士が死傷しました。フランス軍は将官1人、士官21人、及び500人から600人の下士官と兵士が捕虜になりました。彼らの死傷者はおそらく約2000人にのぼります。この勝利の結果、マンハイムは念入りに包囲され、すぐに砲撃も始まるでしょう。
 敬具
 グレンヴィル卿殿
 C・クロファード
A collection of state papers, Vol. III. Part II."http://books.google.co.jp/books?id=6RctAAAAYAAJ" London Gazette p45-46
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