マニャーノ史料7

 イタリア方面及びナポリ方面軍司令官から総裁政府へ。
 カステルヌオヴォの司令部にて、共和国暦7年芽月6日[1799年3月26日]夜。
 市民総裁殿、
 私は夜明けに、3個師団と伴にガルダ湖とアディジェ間に位置する敵を攻撃しました。他の2個師団はヴェローナに向かい、第6[師団]はレニャーゴを牽制しました。
 左翼の3個師団は白兵戦で22の堡塁と砦を落とし、そこの敵は陣地からたたき出されました。殺戮は恐ろしく、4時間に及ぶ致命的な戦いの後にデルマ将軍とグルニエ将軍は全ての陣地にいる敵を崩壊させ、手を緩めずに彼らを追撃し、アディジェに架かる2本の橋を奪いました。
 セリュリエ師団も我が船隊に支援されながらガルダ湖沿いの高地を一掃しました。
 ヴェローナへ赴いた2個師団は主攻撃の成功に強力な貢献をなしました。彼らは夜明けから日没まで、非常に多数の敵を相手に偉大な真価を示しながら戦いました。
 我々の徴集兵は古参の擲弾兵と勇気を競いました。ポーランド兵、スイス兵、ピエモンテ兵、チサルピナ兵はいずれも義務を果たしました。彼らはフランス兵と肩を並べて戦うにふさわしい存在です。
 この日の結果はイタリア方面軍にとって過去の勝利に匹敵するほど名誉となるものであり、アディジェに架かる橋2本、大砲12門、軍旗2旒、多くの士官を含む約4000人の捕虜を我々にもたらしました。加えて敵は戦場に3000人以上の死者と数多くの負傷者を残しました。
 デルマ将軍は脚に1発の銃弾を受けましたが、負傷にもかかわらず戦闘を続けました。ダレム将軍は大腿部に1発の銃弾を受け戦闘から離れました。
 敬具。
 署名 シェレール。
Réimpression de l'ancien Moniteur, Tome Vingt-Neuvième."http://books.google.com/books?id=EdZnAAAAMAAJ" p637
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