「ナポレオン戦争は戦時財政の歴史におけるユニークな実例を提供している。英国が金本位制から脱却し継続するインフレに耐えていた一方、フランスは戦争の期間中、金銀複本位制を維持した。それに匹敵するほどの期間及び激しさを伴った19世紀及び20世紀の戦争に比べ、ナポレオン戦争期の財政は際立っている。
この明らかな矛盾は、徴税の円滑化、時間的な整合性、マクロ経済における信頼性といった文脈によって説明し得るだろう。この対照的な戦時財政形態は、債務者としての両国の信頼度に伴う結果であると我々は主張する。財政的誠実さに関する長い実績は、議会における予算編成過程の開示と結びつき、大英帝国が比較的低い利息で戦争用経費のかなりの部分を借り続けることを可能にした。英国の税率は18世紀の大半を通じて大きな変化はなく、積み上げた戦時債務を支払うことで平時の剰余金によって戦時の損失を穴埋めしていた。加えて、正貨との兌換性を長年維持してきた実績故に、実際には戦時財政の主な調達源にはならなかったものの、英国はインフレ課税を利用できた。
一方フランスは、旧体制下の最後の10年及び革命期に、高い評価を浪費してしまった。彼らの税への依存は、何らかの高い財政規律の反映ではなくむしろその逆だった。借り入れは非常に高くつき、市民は帝国の信用性に対して極めて懐疑的だった。さらに直前に経験したアッシニアのハイパーインフレが、インフレ課税を歳入源にすることを不可能にした。この逆説的な財政形態の組み合わせは、過去から引き継いだ信用性に帰着する」
何だかよく分からない人も多いだろう。私も今一つよく分かっていない。インフレ課税inflation taxってのは多分インフレによって事実上の債務削減が行われることを意味しているんだろうけど、正確なところは不明。でもまあ、大雑把に言いたいことは分かる。
要するにクルーグマンが言う通り、戦争中により財政的には強いと思われていた英国が赤字財政に多く頼っていたのに対し、財政基盤が弱いフランスがアッシニア暴落後は現金払いpay-as-you-goを維持していたという、一見矛盾に見える現象が起きていたってことだ。1797年以降「誠実なアルビオンが金本位制を捨て、不誠実なフランスが通貨フランの兌換性を維持するという、興味深い光景」がそこに繰り広げられていた。
その理由は、実はまさに財政への信用性そのものにあった、というのがこの論文の主張。その信用をもたらしたのは過去の実績だ。信用があったからこそ英国は借金できたし、金本位制を停止してもなお資金調達ができた。だがフランスは旧体制末期と革命初期の混乱で借り手としての信用を全く失い、余程高利でなければ金が借りられなくなってしまった。現金払いならいいがツケはお断り、って訳だ。税とか占領地からの調達でまず現金を手に入れないと財政が回らない訳で、他に手段がないからこその「財政健全運営」だった。
現状で言えば、日本政府が他の先進国と比べてもなお高水準の債務残高を抱えているにも関わらず低コストでの資金調達に苦労していないのは、その背景に相対的な信用性、つまり「借金を返せるだろう」との信頼があるからだろう。南欧諸国の債務残高が日本に比べると低水準なのに調達に苦労しているのは、日本よりも「返せなくなる」可能性が高いと見られているから。ギリシャのように民間に債権圧縮を押し付けるようになれば、ナポレオン期のフランスまで後一歩まで追い詰められていると言える。EUの助けがなくなれば、ギリシャ政府がpay-as-you-goでの財政運営を強いられても不思議はない。
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