ボストン茶会

 茶会党についてちょっとネットを見ていた時、こんなページ"http://www.geocities.co.jp/Outdoors/4129/boston_tea_party.html"を発見。現代のティーパーティーではなく18世紀のものだが、中身がなかなか面白かった。
 一部で言われている「ボストン茶党」という翻訳が間違い、というのはその通りだろう。「出来事の名前が『ボストン茶党』では、いかにもおかしい」という指摘は妥当に思える。むしろ「茶会は間違いで茶党が正しい」という人たちは、なぜ事件というか出来事に「茶党」という名前をつけて違和感を感じないのだろうか。
 そもそも英語でボストンティーパーティーがどのように使われているかを見れば「茶党」という翻訳には無理があることくらいすぐに分かる。例えばThe Revolutionary War memoir and selected correspondence of Philip Van Cortlandt"http://books.google.com/books?id=apRYAAAAMAAJ"には「ボストンのティーパーティーの方がより有名だが、ニューヨークも独自のティーパーティーを4月22日に持った」(p72)という文章がある。さて、この文章のpartyは「会」と訳す方がいいのか、それとも「党」とした方がいいのか。
 普通に考えれば「党」はあり得ない。特定の日にしか存在しない「党」というのは日本語として不自然。一方「会」なら問題ない。「ニューヨークも独自の『茶会』を4月22日に持った」と訳しても不自然さはない。
 もっとはっきりと書いているものもある。A Primary Source History of the Colony of New York"http://books.google.com/books?id=Ou0eBy0Xo7UC"は「この反乱行為は、ボストンティーパーティーとして知られるようになった」(p42)と書いている。もしこのpartyを「党」と訳すのなら、党=反乱行為となる。もはや日本語として成立しない翻訳だ。
 The Boston Tea Party"http://books.google.com/books?id=FYoYhezXcfMC"という本では「1775年3月、ノースカロライナ州ウィルミントンの女性たちがティーパーティーを催した。彼女らは英国の紅茶を燃やした」(p31)と記している。ボストンに続く動きの一つを紹介したものだが、ここではティーパーティーなるものが紅茶を燃やす行為であったことが名言されている。もしこれが「茶党」なら、党=紅茶を燃やすことになる。日本語では党とはあくまで集団や団体を示す言葉だ。
 第一、事件が起きた当時は誰もこの事件をティーパーティーと呼ばなかった。1775年に出版されたThe Remembrancer, or Impartial repository of public events"http://books.google.com/books?id=zTkZAQAAIAAJ"はボストンの事件についてdestruction of the Boston tea「ボストン紅茶破棄」(p53)と呼んでいるし、1795年出版のAn historical, geographical, commercial, and philosophical view of the American United States, Vol. I."http://books.google.com/books?id=I20FAAAAQAAJ"はdestruction of the tea at Boston「ボストンでの紅茶破棄」(p459)と記している。
 もし「茶党」なるものが18世紀の北米植民地に存在しており、その党派が起こした事件がボストンティーパーティーならば、当時からその事件は「ティーパーティー」と呼ばれていてもおかしくなかった筈。だが実際にこの事件が広く「ティーパーティー」と呼ばれるようになったのは事件からおよそ半世紀後のことだ。
 事件が起きた当時の呼び方、現代における英語文献でのティーパーティーの使い方、いずれも「茶党」と日本語訳するのには無理があることを示している。もちろん「茶会」という表現がいささか暢気すぎることも確かだが(ここでいうpartyはお茶会といった優雅な雰囲気を示すものではなく、どんちゃん騒ぎといったニュアンスの方が強そう)、茶党よりは圧倒的にマシな翻訳だ。
 ちなみに現代の「ティーパーティー」は保守的な運動を行う集団であり、こちらは党と訳しても問題ないだろう。実際に日本では「茶会党」と翻訳されることが多いが、これは史実である「ボストン茶会事件」を想起させる翻訳であり、妥当な訳し方だと思う(茶党よりはマシ、という意味で)。にしても、ボストンティーパーティーを「茶党と訳すべきだ」と言い出した人が5年以上前にいたことに、個人的には驚きを覚えた。現在ある茶会党に引きずられて歴史的な用語について勘違いする人が出てくるのはまだ理解できるが、茶会党など存在しなかった5年以上前に「ティーパーティーは茶党だ」と言い出した人は、一体何をきっかけにそんな素っ頓狂な考えを抱くようになったのだろう。興味がある。
 
 とまあ最初に紹介した「『ボストン茶会事件』は誤訳か?」というサイトを支援する材料をgoogle bookで探してみたんだが、実はサイトの記述に疑念を呈する文献も発見してしまった。サイトによれば「『the Boston Tea Party』という名前は1830年代までは使われておらず、その名前は1834年にGeorge R.T. Hewesという人がつけたもの」となっているが、これはおそらく間違いだ。
 この説を唱えたのは、英語wikipedia"http://en.wikipedia.org/wiki/Boston_Tea_Party"によればAlfred Youngなる歴史家だそうだ。1999年に出版したThe Shoemaker and the Tea Party"http://books.google.co.jp/books?id=wqHkAYjlz5kC"という本の中で、Youngは1834年まで出版物の中にボストンティーパーティーなる文言は登場しなかったと主張している。
 でも、google bookで探すとその8年前に既にBoston tea partyという言葉が印刷物の中にはっきりと記されているのだ。1826年出版のThe New England farmer, Vol. IV."http://books.google.com/books?id=jSNOAAAAYAAJ"には、以下のような文章がある。
 
「1773年にボストンでエレアノール号に乗り込み、114箱の紅茶を船外に放り出した『インディアンの扮装をした約40人の正体不明の人々』の中の1人が、現在オハイオ州シンシナチに住んでいる。ザ・クライシス[雑誌名か?]によれば彼は控えめで、頑健な古参兵であり、額に汗して家族を養い、そしてしばしば『ボストンティーパーティー』について自慢している」
p243
 
 5年前に書かれたサイトでここまで調べるのは無理だったかもしれない。当時はまだgoogle bookも今ほど充実していなかった、ような気がする。まして1999年以前に調べたYoungにとっては、この文献を探し出すのは難しかったのだろう。でも1826年に既にBoston tea partyという言葉が存在したことは事実だ。
 さらにもう少し前に「ボストンの港をティーポットにした」という表現があったこともgoogle bookを調べると判明する。たとえば1819年に出版されたOde on the bones of the im-mortal Thomas Paine"http://books.google.com/books?id=dsQUAAAAQAAJ"の序文には「町の人々が海をティーポットに変えた50年前に彼らがボストンにいたら」という文章がある。
 1801年出版のThe spirit of the Farmers' Museum"http://books.google.com/books?id=b60_AAAAYAAJ"にも「リバティーポール[アメリカ独立戦争時によく立てられた柱]が教会の尖塔よりも多く、ボストンの港がティーポットになった時」(p173)という文章があり、ティーパーティーより前にティーポットという表現が使われていた様子が窺える。
 でも、この言葉もせいぜい19世紀初頭までしか遡れない。18世紀に使われた事例は今のところ見当たらないのだ。従って実際に事件が起きたときにティーポットという言葉が使われた可能性はこれまた低い。History of the United States, Volume I."http://books.google.com/books?id=6-hLyIzQPe0C"には、事件の前に集まった群衆から「ボストンの港を今夜ティーポットにしよう!」(p301)という叫び声が上がったという話が載っているが、論拠不明であり信頼性に乏しい。
 事件が起きた時、それはあくまで「紅茶破棄」として知られていた。やがて19世紀に移るころから紅茶が投げ込まれた海を「ティーポット」に例える言い回しが登場し、さらに事件全体を「紅茶を巡るどんちゃん騒ぎ」(ティーパーティー)と言う人が現れ、広まっていった。「ボストンティーパーティー」という言葉の由来はそんな感じだったのだろう。
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コメント

No title

SLEEP
ESPNスポーツセンターの番宣でセルティックスのBIG3が俺たちにいい愛称をつけろとキャスターに迫ってその答えがBoston three partyというのがありました。この場合なら党あるいは組という意味合いとどんちゃん騒ぎの両方ですね。またおっしゃるようにティーポットよりティーパーティの方が語呂が良く洗練されている分だけ創作としては優秀ですね。

こうなってくるとわざわざ世界史の授業でボストン茶会事件とか(自分は茶会という風にならったと思います)訳文にせずBoston tea partyと原文のまま教えたほうがいいかもしれません。

No title

desaixjp
ティーパーティーの言葉が残ったのは、それが「語呂が良く洗練されて」いたからかもしれません。上手い言い回しだと思った人が多かったからdestruction of the teaではなくティーパーティーの方が広まったのでしょう。Boston three partyってのもなかなか上手い言い方だと思います。
世界史用語としてのボストン茶会事件はもう完全に定着しているので今更変えるのは難しいでしょう。明らかに誤訳ならともかく、別に間違いではありませんし。それに、アメリカンスポーツに慣れている我々ならともかく、一般の人はそれほど英語に親しんでいる訳ではないのでBoston tea partyだと全く理解できない人が出てきそうな気もします。

No title

SLEEP
たしかにBostonと言われてもたいがいの日本人にはわかりませんね。ニィーイングランドって結局どこじゃいって人も多そうですし。partyは中学の英語じゃないのかな。日本だとどんちゃん騒ぎの面だけ知られてますからね。お茶会だとちょっと上品すぎて革命事件の端緒にはふさわしくない気がするんですよ。

No title

desaixjp
返事が遅れてすみません。すっかりコメントを見落としてました。
「ボストン茶会」という言葉が日本で使われ始めた当時に「茶会」にどのようなイメージが持たれていたのかは分かりませんが、確かに現代日本語としては上品すぎるのは確かでしょう。とはいえ今更「ティーパーティー」とカタカナ用語に直すのも難しそうですし、茶党ではやはり拙いです。定着している言葉はなかなか簡単には変えられないってことでしょうか。
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