ソフト3題

 しばらく前だが、将棋ソフトが女流王将と対戦して勝ったという話があった。こちら"http://journal.mycom.co.jp/articles/2010/10/12/akara/index.html"にそのレポートが面白おかしく書かれている。ネットの反応を見ると色々な意見があるようだが、少なくとも最近の将棋ソフトがプロ並み(プロのトップとまで言えるかどうかは不明)の力をつけつつあるのは確かなようだ。何年か前にトッププロと将棋ソフトの対戦があった(プロの勝ち)が、そこからさらに強くなっているらしい。
 この手の話を見ると思い出すのはチェスのディープブルー。当時はチェスでコンピューターが人に勝ったということで大いに話題になったが、今ではもう勝っても珍しくないところまで強くなっているそうだ。既にオセロがそうなっているように、コンピューターの能力向上によってチェスも人間より強くなり、近いうちに将棋もそうなる、という意見が目立つ。その先には囲碁があるので、将棋の世界で勝負がつけば次は囲碁だろう。
 むしろ、今回の対戦で面白かったのは、将棋ソフト側が4種類のソフトによる合議制を採用していたことだろう。情報処理学会がログを公開"http://www.ipsj.or.jp/50anv/shogi/20101012-2.html"して以降、その読み方を含めて色々な話題がネット上に出てきている。上のレポート著者と同じ人が書いたこちらのblog"http://d.hatena.ne.jp/tsumiyama/20101013/p1"が一番面白い例だろう。他にもログをもう少し見やすくしている人("http://blog.livedoor.jp/lunarmodule7/archives/1121781.html"など)がいる。
 多数決制度の方が強くなるってのも不思議といえば不思議な現象だが(ナポレオンが聞いたら異を唱えそうだが)、そういう現象が確認されていること自体、非常に興味深い。また、将棋ソフトが強くなったきっかけを作ったボナンザというソフトが、評価関数を自動生成しているのも興味深い。最近では他のソフトもこの機能を搭載しているようで、人間の価値観と離れた評価が登場しそれがなおかつ強い結果を生み出しているのは凄いことだ。
 人間は可能性を総当りで考えて行動するようなことはしない。将棋でも(おそらく)そうだろうし、日常の行動でもしかり。なぜならそんなことをすると時間や労力のコストが大きくなりすぎるからだ。だから人間はヒューリスティクスに頼る。しかしコンピューターは、性能さえ足りるなら、総当りで検討し厳密なアルゴリズムを作り上げることができる。ヒューリスティクスがアルゴリズムに負ける局面が、コンピューターの計算能力向上によって次第に広がっているのかもしれない。
 でもまあそんなことより将棋ソフトまで擬人化されてしまうことの方に感心するべきかもしれん。いわゆる「日本はじまったな」である。
 
 日本はじまったな、という点でいけば名古屋工業大学が開発したMMDAgent"http://www.youtube.com/watch?v=2SfWqfWnnP4"も外せない最近の動きの一つだろう。CEATEC"http://www.ceatec.com/2010/ja/index.html"で公開され、ネットでも様々なところで紹介されていた。海外の掲示板"http://vocaloidotaku.net/index.php?/topic/8285-mmdagent/"でも話題になっている。
 要するに音声案内システムなのだが、面白いのはここで使われる技術ってのが既に実用レベルに達しているらしいこと("http://ascii.jp/elem/000/000/560/560132/"の3ページ参照)。にもかかわらず認知が進まなかったのだそうだ。普及の難しさに悩んでいる時に初音ミクについて知り、「ひとまず役に立つことをやめて、エンタテインメント方向に舵を切った」んだそうだ。すると、海外にまで話題が広がっていったわけだ。
 よく言われているが、人間ってのは役に立つことばかりを知りたがる生き物ではないのだろう。人生の無駄遣い的なことに全力を挙げる人は大勢いる。なぜそうなのかはよく分からないんだが、そういう性向が包括適応度を上げるのにプラスだった(少なくともマイナスにはならなかった)からと考えるしかない。性選択的な考えでいえば、たとえばスポーツや文化も性選択の結果だと唱える人たちがいるんだが、初音ミクという文化も性選択と関係するのか、そのへんまで考えると面白いかもしれない。
 MMDAgentはフリーソフトとして年内に公表するんだそうだ。どうやら発表者は音声対話コンテンツの中身はユーザーに作ってもらおうとしているらしい。彼らの期待通り、大勢の人間がよってたかってコンテンツを充実させていった時、そのコンテンツを読み込んだシステムと対話するとどんな会話が成り立つのか、これまた興味深い。集合知によって出来上がったソフトは、とても自然に話題をつなげていくことができるのか、それとも不自然さが残るのか。これまた一種の実験になり得る。
 
 その初音ミク自身は海外コンサートが上手く行った模様。ニューヨークでのコンサートについてはYoutubeに映像が上がっていたが、これ"http://www.youtube.com/watch?v=j1y9V712c9o"とかこれ"http://www.youtube.com/watch?v=J4AISbwOIHA"を見るとやたらと観客のノリがいい。こちらのリポート"http://nyliberty.exblog.jp/14192666/"でもその注目ぶりが窺える。数日後のサンフランシスコ(こちらはアンコールコンサート)も上手く行ったようだ。
 米国コンサートにはクリプトンの社長が出席して今後の事業展開に関する話をしたようだ。ニューヨークでの話はこちら"http://www.youtube.com/watch?v=1oHEP8cwb0c"、サンフランシスコはこちら"http://www.vocaloidism.com/2010/10/13/hiroyuki-itoh-speaks-at-hatsune-miku-live-encore-in-san-francisco/"にまとめてあるが、中でも現地の反応が大きかったのは初音ミクの英語版発売だったようだ。
 英語版を出すうえで条件として示したのが、Facebookのアカウント"http://www.facebook.com/pages/Hatsune-Miku/10150149727825637"でlike「いいね!」の数が39390を超えること。一種の口コミマーケティングだが、かなりの効果があったようで、社長がこれを言い出す以前は12000くらいだった数が今では20000を超えている。まだまだ先が長いのは事実だが、もしかしたら本当に39390を超えるかもしれない。
 まあ実際には英語版の準備は米国でのコンサート以前から行われているし、今回の話はあくまで宣伝が狙いだろう。どの程度の支持基盤があるかを調べることも視野に入れているのかもしれない。にしても、このタイミングで英語版を出したとして、それが商売として成功に結びつく割合はどの程度あるんだろうか。
 海外での人気が高まっているという話は以前からあったし、そもそも同社は英語のボイスバンクを持っている商品"http://www.crypton.co.jp/mp/pages/prod/vocaloid/cv03.jsp"を既に発売済み。実際には海外だけでなく日本での販売も期待できるとなれば、取り組み自体にそれほどのリスクはないだろう。一定の売り上げは見込んでいるだろうし、実際に達成できると思う。
 問題は、日本で巻き起こしたようなブームを海外で引き起こせる「化け物商品」になるかどうか。そのためにはVocaloidを聞く人だけでなく、Vocaloidを使って曲を作る人が海外で増えなければならない(聞くだけなら同社の商品を購入する必要はない)。特に英語を母国語とする作曲者がどのくらい増えるかが重要だろう。日本人がいくら英語の曲を作っても、母国語でないだけに海外でのヒットには限界がある。母国語で歌を作る人が増えれば増えるほど、その中からいい作品が出てくる数も増え、それがさらに「聞く人」まで増やすという相乗効果が期待される。
 同社はまだ海外で「作る人」は多くないと見ている"http://twitter.com/itohh/status/27151182315"。おそらくその認識は正しいだろう。ただ、昔よりは増えてきた印象はある。昔は本格的に作っている人といえばGiuseppe氏"http://www.giuseppevocaloid.blogspot.com/"くらいしか見当たらなかったが、最近は欧米だけでなくアジアも含めて作り手が少しずつ生まれてきた。中にはDoofus氏"http://www.youtube.com/user/matt9five"のように、今年になってから作り始めたオリジナル曲で早くもYoutube1万再生以上を3作品も生み出している人もいる。
 日本ほど成熟したDTM市場は海外にはまだないようだ。むしろ初音ミク英語版がそうした市場を開拓する役割を担わされるのかもしれない。もしそこまでやってのけたなら、初音ミクは本当に画期的な商品となる。
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