キャピトルヒル強襲


 というわけで、いったいいつのフランス革命だよと言いたくなる事態がワシントンで発生。混乱の中で死者も4人出たそうで、Turchinの言う「社会政治的不安定性イベント」の要件を満たした。「対抗エリートの扇動」で「困窮化した大衆が暴動を起こす」という流れもまたTurchinが指摘している通り。珍しいとしたら対抗エリートがよりによって現職大統領である、という点か。
 もともとこの日(現地1月6日)の合同会議は選挙人投票の集計、つまり本来なら単なるセレモニーとしての「議会による次期大統領承認」作業にすぎなかった。もちろんその際に負けた側が異議を出した例は過去にもあるし、今回も共和党の上院議員が事前に異議を出すと表明していたが、実際にはそこに至る前に早々に暴力沙汰が発生してしまったわけだ。
 そもそもこの上院議員らの対応に対しては、同じ共和党議員から「危険な前例となり得る」という批判の声が出ていたくらい、共和党内でも意見が分かれていたところ。その状況に加えて今回の、完全に民主主義的手続きを無視した暴挙というわけで、外国からも「恥ずべき光景」との批判が出ている。権力者自身がクーデターをもくろんだのではないかとの指摘もあり、wikipediaにも実例として追加されたりしている

 ここで問題になるのは2点ある。いやそもそも現職大統領が民主的手続きを無視し続け、支持者を扇動して暴徒化させていること自体が大問題だと言われればその通りなのだが、そこまでは正直想定内。対抗エリートと不満分子が暴れるのは当然の前提としたうえで、問題にすべきなのはそれがどこまで広がるかだ。問われるのは共和党政治家たちの行動と、治安当局の対応である。
 共和党の政治家たちの中にトランプ支持が多いのは、もちろん選挙のため。昨年の11月選挙では民主党が有利と言われていた上院と下院で思った以上に共和党が健闘した。次の選挙が気になる議員にとっては、トランプを支持することが当選への近道に見えたのかもしれない。上院の12人以外に、下院では150人超もの共和党議員が大統領選の結果に対して異議申し立てをすると報じられていたのも、2年ごとに選挙の洗礼を受けなければならない彼らの方がより切迫していたからだろう。
 だが、ワシントン騒乱の前日に投票が行われたジョージア州の上院議員決選投票は、事前の世論調査で言われていた通りに民主党候補が2連勝。これで民主党は上院でも半数(議長となる副大統領票を合わせれば過半数)を確保したことになり、大統領選、下院選に続き3連勝を達成した。そしてこのジョージアにおける共和党敗因の1つがトランプではないかとの話が出ているのだ。
 実際、11月の選挙が終わった直後の時点では、世論調査でジョージアでは共和党の両候補の方が高い評価を得ていた。だがトランプがいつまでも抵抗を続け、不正投票を唱え続けた結果、レースはより混迷状態に。あげくに同州高官に対する脅しとも取れる録音が流出した。こうしたトランプの行動がジョージア州の選挙結果に影響したのではないか、との説だ。
 データを見ても大統領選でトランプに投票した郡ほど今回の上院議員決選投票での投票率が低かったという傾向が出ている。決選投票では民主党支持者の方が熱心に投票した格好だ。トランプによる陰謀論を信じた支持者の中には選挙への信頼感を低下させた人もいたそうだが、中には投票自体に行かなかった人もいたかもしれない。だとしたらNate Silverの言う通り、トランプは共和党にとって「ある種の毒薬」になった可能性もある。
 彼によればトランプ時代の世論調査は実はかなり的中率が高く、特に彼自身が出馬していない選挙はかなりいい結果が出たそうだ(今回の決選投票もしかり)。トランプ自身が出た選挙はそれほどでもなかったわけだが、これはつまりトランプ自身が出馬しなければ共和党にとっての「ファクターX」が働かない、という意味とも取れる。2年後の中間選挙をにらんでトランプ支持をしていていも、実際にはあまり助けが得られないかもしれないのだ。
 おまけにその直後に暴動騒ぎが起きたわけで、それを受けてなお共和党議員は選挙結果に異議を唱えるのか、という点がFiveThirtyEightでは注目されていた。結果は微妙なところ。実際にアリゾナ州で異論を出したのは上院では6人まで減少したが、下院では引き続き共和党過半数の120人以上が異議を出す状態で、これだけの騒ぎにも関わらずトランプ支持が引き続き共和党内に多いことを示した。

 もう1つの問題は治安当局だ。以前こちらでも書いた通り、内戦や反乱が起きるかどうかは人々の「不平」より政府側の治安維持能力の方が重要との説がある。既存の秩序を覆そうとする不満分子はいつの時代も存在しており、それを鎮圧できる能力さえあれば反乱や内戦のリスクは低いという主張だ。もちろん米国のような金持ち国の政府はそうしたリスクを抑え込めるだけの能力を十分に持っているから、Turchinが言うような内戦の可能性はほとんどない、という結論になる。
 個人的にはこの指摘にも一理あると思っている。例えばトランプが、全国に散らばっている自称ミリシャたちを組織化し、自分の意のままに動かせる準軍事的組織に作り替えていたのなら、それを核に内戦や反乱を起こすこともできたかもしれない。でもホワイトハウス内ですらろくに統率できていなかった彼に、そんな組織作りの能力があったようには見えない。だからこそ共和党という全国組織の動向が重要なのだが、それでも政府当局の治安維持能力そのものが失われていない限り、やはり内戦や反乱はないだろう……と思っていた。
 だが今回、その治安組織は、よりによって議会の合同会議という国民の代表が集まる場に暴徒を簡単に入れてしまった。外で暴徒が暴れる程度なら正直あっても不思議はないと思っていたのだが、さすがに議員が避難するような事態が起きたのは拙い。何が原因でそういうことになったのかは分からないが、例えば治安当局の能力が下がっているとか、鎮圧したくないと思っている関係者がいて暴徒の侵入を見逃したといった状況があったのだとしたら、これはヤバい。あり得ないと思っていた反乱・内戦の方へと針が振れることになってしまう。

 結果的にはこの日は、騒動が収まり、バイデン新大統領を議会が認めた後に、トランプが「秩序ある政権移行」を約束した。いったんは不安定性イベントが収束した格好と言える。反乱・内戦の恐れもそれだけ減ったのだろう。だがトランプ本人は引き続き選挙結果に同意していないし、おまけに共和党支持者の半数近くはこの日の議会襲撃を「強力に支持」してすらいる。
 つまり、目先の騒乱は収まったが、今後の懸念まで解消されてはいない、どころかむしろ懸念が強く残る状態が続いている可能性がある。共和党内のトランプ派議員たちはまだ勢力を残しているし、トランプへの支持が一掃されたわけでもない。むしろこのままだと「右翼の暴力と低いレベルの蜂起が長期にわたって続く」リスクを心配すべきとの声もある。下手をすると戦前の日本のようになりかねないとの懸念も出ている。予断を許さない状況というわけだ。

 ……というわけなのだが、なぜだか今回の襲撃にはシュールな笑いがつきまとっている。ジョージア州ではなくなぜかコーカサスの国家ジョージア(グルジア)の旗を振り回すやつがいたり、絵面がアレなせいで昔のブラックコメディ映画とそっくりだという意見多数出てきたり、イキっている2020年の目の前で2021年がさらにバカをやってみせたり「おまゆう」以外の感想が出てこないコメントが出されたり。深刻な事態なのにギャグになってしまうというこの状況こそ、もしかしたら本当にヤバいのかもしれない。
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コメント

おかべさせ
イケてない田舎者がイキっている様子や、建物内に入ってウロウロしながらスマホで写真を撮ってる普通そうな人々(何をしたら良いのか分からないといった様子)が映っていましたが、彼らは自分達が大それた事をしている感覚が無いように見えました。非常に違和感を感じます。
彼らを突き動かしているものは何なのでしょう?

desaixjp
「ネタと本気をいっしょくたにした勢い」ではないか、と書いている人がいます。
https://twitter.com/RASENJIN/status/1347027746929606662
地元の成人式で暴れるマイルドヤンキーのグレードアップ版、みたいなイメージでしょうか。

ただ、そういう面があるからこそ、むしろ警戒すべきだという指摘もあります。
https://twitter.com/kemohure/status/1347054986719498246
https://twitter.com/naoya_fujita/status/1347033636948774913
見た目の緩さで判断するのではなく、彼らのやっていることが民主主義の否定であるという原則をきちんと確認し、それに合わせた罰を適用すべき、ということでしょうか。
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